日々は優しさで溢れてる。

心に傷を抱えてきた幼少期。我が子を授かり、それに苦しんだ。けれどもね、山が教えてくれたの。いきてる価値は誰かが決めるもんじゃない。自然は平等に、生きるための恩恵をいつも与えてくれてた。生きることの喜びは自分で感じていくものだから。そうして今を生きることを積み重ねてる。

歩く力は生きる力。

ムスメは2歳の時から3キロは歩いていました。

うちのホームドクターは子どもは年齢の分だけ歩けるんだよ、と言います。

一歳で1キロ。

二歳で2キロ。

 

確かに車のない時代、そう、昔を考えてみたらそうなんじゃないかって思うのです。

歩かなければ生きていけないから。

 

我が家も歩かなければ生きていけない暮らしを経験しています。

タイのジャングルで、いま、山での暮らしで。

 

今年は特に寒いですから、冬ごもりと言えども、毎日1時間ほど二軒分の薪を積み、となりのコンテナにお味噌を取りに行ったり、畑に生ゴミを投げに行ったり、コッコのお世話をしたり、石鹸作ったり、ええ、お味噌も40キロ仕込んだりしています。

 

身体が強くもなく、動かす自信もなかったけれど、こういう暮らしで動くことが当たり前になりました。

子供のうちに付かなかった体力ですが、今からできる範囲でいい、動けるうちにつけておかないとこの暮らしを続けていくことはできないと思い、今動ける身体に感謝しながら動いています。

 

私はそんな感じですが、我が子たちはかなりの距離を歩きながら生きてきた人間です。

彼らから学んだことがあります。

 

歩く力は本当に生きる力なんです。

歩くことで目の前の世界に興味が広がり、行動につながってゆく。

歩くことはベビーカーと違い、自分のペースですから自分を知ることもできます。

歩く力は身体を作る全ての基本。

足に刺激がいくことで脳が活性化し、下半身を使うことで血流が良くなる。

それは精神の安定も意味します。

 

彼らがどっしりと座っているのは歩くことからきているんじゃないかと感じています。

 

今ムスメは荷物を背負って10キロは歩くことができます。

息子も同じ。荷物がなければ16キロだって歩けます。

それに合わせて私も歩けるようになりました。

4キロくらいは、突然決まっても出かけられる距離。

自分で歩いて移動できる。

時間はかかるけど自分でできることがあるって希望です。

歩けるって希望なんですねー。

 

以下、インスタより。

 

歩いた歩いた。

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2歳の時から毎日3キロは歩いてた。

どこへ行くにも歩かないとたどり着かない。

自分の力を頼りにして毎日歩く。

歩かないと生活が成り立たないから。

 


川に遊びに行くには片道3キロ。

おやつのマンゴーを道端で頬張り休憩しながら向かった。

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小さな我が子たちと歩いているうちに、目的地を目指すのではなく、今を楽しむという彼らの生き方に気がついた。

 


道中の鮮やかな虫に驚き、垂れ下がった笹にぶら下がってみる。

いけるとこまで行って帰ってきたらいい。

川に着いたら楽しい。

けれども道中も楽しい。

だから目的地に着くのが目的じゃない。

 


歩くということはこんな楽しみに出会える。

 


日本で過ごしていた頃は車中の飽きたムスメの気をそらすのに一生懸命になりながら、目的地を目指していたけど、子どもは遠い目的地よりも目の前を楽しむことを知った。

 


だから今でも免許を持たない私と山を降りるときは、買い物ができたらラッキーだと思うことにしてる。

街までつけたらラッキー。

道中の子どもたちが楽しければそれでいい。

 


そんな日常を選ぶようになった。

 


ジャングルライフでの我が家の家族デイ。

週に一度は街まで10キロ歩いて出かける。

村で大きな市場が開かれる日だから。

 

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ムスメがやっぱり道中を楽しむ。

そんな彼女を見て知った。

日本の舗装道は歩かない。でも山道はトコトコといつも走り出す。

楽しいから歩くのだと知った。

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疲れたら冷たい土の上で休む。車があまり来ない山道で寝転がり、遠くにバイクの音が聞こえ始めると立ち上がって通り過ぎるのを待つ。

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そうして大地の感覚を味わう。

 

 


ボコボコの山道、ツルツルの山道。岩の道。

泉や竹を取りに行くときはトゲのある木に気をつけながら茂みにも入る。

 


竹を運びながら先にある木にぶつからないよう注意を払いながら歩く。

小さな我が子の目線と私の目線はちがう。

自分の五感を使って注意を払う。

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山で暮らすということは五感をフルに使う必要がある。

 

 


猫を追いかけ、草だらけ、砂だらけになって、穴を見つけたら入ってみる。

枝を見つけたら拾って乗ってみたり使ってみたりする。

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田んぼの稲刈りの手伝いも相当歩く。

切り株につまずかないように気をつけながら。

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歩いて歩いてたくさんの興味に出会う。

それを知って初めて、都会ではなぜ子どもが歩かないのかわかった気がします。

 


歩いてるだけじゃ面白くないから。

 


でもこうして歩く効用を体感してみて気づいたことがある。

 


歩く力は生きる力。

興味も広がれば、体力も着く。

自分で歩いて目的を達成して自分を信じる力にも繋がっていく。

 


我が家のホームドクターは歩くことで下半身の血流が良くなり体温が上がるといいます。

本当にそうなんですね。

 


歩く力は生きる力です。

歩くことで見えてくる世界に気づけるようになったら毎日ワクワクです。

 


こうして子どもとの時間から教わったことは、免許を持たない私に、不便さよりも楽しみをくれました。

そう、どこかに行って気持ちを満たすのではなく、目の前を楽しむ力を私がつけていけばいいだけだと。

今年は徒歩キャンプをしましたが、免許を持たない効用。

歩いてる私たちを応援してくれる方に出会えてとても楽しかった!

 


そして、そんな変わった楽しみをこうしてどなたかに伝えていくことができたから😆

 


免許がなくてよかった、笑。楽しい人生のオリジナリティが生まれたから✨

 


歩く力をつけていく実験、歩くことから見えてくる世界を楽しむ実験を続けてみようと思います。