日々は優しさで溢れてる。

心に傷を抱えてきた幼少期。我が子を授かり、それに苦しんだ。けれどもね、山が教えてくれたの。いきてる価値は誰かが決めるもんじゃない。自然は平等に、生きるための恩恵をいつも与えてくれてた。生きることの喜びは自分で感じていくものだから。そうして今を生きることを積み重ねてる。

ムスメがナイフを持ったのは2歳。小さい人と刃物の話、その1。

ちょっと気がついたことを書いてみました。

刃物は怖くてまだ持たせられないの、年長さんくらいになっても、ほぼ使ったことのないようなお家も結構多いです。

我が家のムスメはいろんな偶然が重なり、2歳でのデビューとなりました。

我が家の場合は図らずもそんな形となりました。

 

けれどもね、ライフラインのない暮らし、山に来て自分たちで作る暮らしをしてみて気づかせてもらったことと思うことあるのです。

 

生きるための学びは自らの手足を使って、経験して、思考して、また試して。

の、繰り返しです。

大人になってもあまり刃物を持った事がなけば、危険なままなのだと私は思います。

 

山には数々の危ない事があります。

私は今でもたくさんの危ないを経験してるひよっこの大人です。

なんで危ないかっていうとね、小さい頃から経験してきてないから、危険もわからないのです。

なので、「大人が怖くてみてられないから、刃物を持たせられない。」っていうのだとしたら、考えてみる必要があると思うのです。

自分が昔、大人が危険だっていうから諦めたことはなかったか、その時の気持ちはどうだったか。

我が子が危ないと思うなら、この子が刃物を持った場合、どこがどう危ないのか、まだ待った方がいいのか、まったら変わっていくのか。

その子の興味の時期もあるでしょう。

大人が持たせたくてもたせても、小さい分、興味がなければきっと身につきませんしね。

 

少なくとも我が家は二人とも、使えるようになって楽しい、と言います。

自分で生み出せる事が増え、幼児期から自分でおかずを作ってました。

 

私は町で暮らし、学校や親から危険やしてはいけないことを、ルールで教わってきた部分が多いです。

ここでの暮らしで痛感しています。

 

なぜ危ないか、どこからが危険なのか、想像する能力が弱いです。

それと同時に必要以上に怖がってみたりします。

経験がないので、情報をきくと、怖い気がしてきてしまうのです。

自然に勝る教師はなし、とだれかが言いましたが、命に関わらない限り、経験に勝る教師もいない気がしています。

 

けれどもいつ始めるかの個人差はそばにいる大人がその子を観察して見極める必要があります。

そんな話を3回ほど書いていきますね。

 

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初めは私も傍におりました。ヒヤヒヤしては口や手を出しながら。

 


でもその時、隣にいたムスコが黙って彼女の隣で作業をし、時折そっと手を添えてやるのが見えたのです。

 


はたと私は自分の姿勢に気づかされました。

危ないから、と何度もうるさく口にして、石橋を叩いて怪我をしないよう早めに手を出す。

 


そんな自分が情けなくなり、ムスコを観察する事にしたのです。

彼の助けはさりげないものでした。

余計な恐怖を煽らない。

やる気を削がない。

 


ムスメはそれからもずっと兄から刃物をを教わりました。私が教えた事はありません。こんな時は危険だって学べるのは、自分でひやっとするからです。

 


その人自身の経験から学ぶ事は危険だけではありません。それを回避する術も学べるのです。

 


ムスメは何度か指を切りました。

けれども小さな怪我ばかりでした。小さな人の力です、怪我もきっと小さくすんだんだと思います。

 


危ない、ということがどういうことか、自分で経験をして知る。

自分の感覚で、それを知り、ならばどうしたらいいか考える。

 


その基礎をここの人力の不便な暮らしから我が家の子供たちは身につけたようなのです。

 


小さいうちに刃物を持たせるのは怖くて。

そういう声をよく聞きます。かくいう私もそうでした。

 


ムスコも小さい包丁を購入し三歳の頃からたまに使ってはいました。けれどもムスコが本当に料理に興味を持ったのは年長さんの時。

 


私がジャングルで朝から3つの七輪を使って十五人分のご飯を作るのを見て、手伝ってくれたのがきっかけでした。

 


それまでは私もいつもムスコの手元を見てきましたが、この時はほとんど見てやれなかったのです。

 


そんな日々が続き、私は教えること、怪我のないよう守ってやることを諦めました。私も火が絶えないよう七輪のそばに立ちながら時折は彼の動きを見守ります。

 


けれども彼に何かを言えるほど、彼の刃物づかいをみている事はできなかったのです。彼は自分で考えて野菜や果物を切ってくれました。

朝が苦手だった若者が多く、朝食は一人だった事も多くムスコは大きな助っ人になってくれました。

 


気づいたら私はナイフの使い方に口を出すのではなく、手伝ってくれて無事に並んだ朝ごはんを見ながらムスコに感謝の言葉を言うようになっていました。

 


ムスコはお料理の楽しさをその時に知ったそうで、今ではタイ料理も作るし、麺をうって(アレルギーのムスメのため)、ラーメンも作ります。

 


そんな彼も指を落とすような大きな怪我はしていません。

どうやら大人が思うような怪我は滅多にしないんじゃないかと、なんとなく感じています。

 


少なくともナイフで大怪我をしたって話を聞いたことありませんから。

 


ムスメは4歳くらいから自分で料理をするようになりました。

一年生になった今では自分の食べたい物は自分で作ると考えてくれているのか、朝、昨日からのご飯が残っていると自分でチャーハンやらカレー雑炊やらを作り始めます。

 


あるものを上手に使って作ってくれます。

早いうちにナイフを使えるようになったこと、火を使えるようになったこと、が彼女の楽しみを増やした様に思うのです。

 


きっと、ライフラインのない村で育った子供達にとっては当たり前のことです。

ムスメもここで多くの時間を過ごしましたから、自分が必要なものを大人に用意してもらう、とは思っていないようです。

 

 


こないだ道徳の教科書にこんなストーリーがありました。

そこにでてきた女の子は、7歳。包丁も火も使えないそうです。共働きのご両親が忙しい時に助けにきてくれたおばあちゃんが夕飯の支度をするのを見ています。そうして、支度が整い帰ってきたお母さんにこう伝えていたのです。

「私はテーブルを拭いてお皿とお箸を並べたんだよ。」

 


彼女がご家族に向けた気持ちは素敵だと思います。

けれどももう少し彼女が自分の力でできることがあったら楽しかったろうなあって思ったのです。

 


先進国は家族が別々で過ごすことが多いです。それがいいとか、悪いとかではありません。

 


暮らしの経験に関してはとても少ないのかもしれないな、思うのです。もちろん私自身の子ども時代も同じです。

 


暮らしの経験は積み重ね。それは小さい人にとって遊びです。

 


もしも大人が寄り添ってあげる余裕があれば、それを積み重ねたら一歳11ヶ月の男の子でも、男性が扱うような重たいハンマーを右手にもち、左手の先で釘を支えて打ち込むことができる様になります。そんな小さな人を私は見て来ました。

初めは驚愕でしたが、彼らの生き方が教えてくれたことがあります。

 


幼くても危険を回避する知恵があります。

 


逆に料理をあまりしたことがなければ大人になっても包丁は危ないままです。

 

 

この話はまた次に。

 

ムスメとムスコが大人様ランチを作ってくれました。

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芋を蒸して油でカリッと焼いたものと、ピリ辛こんにゃく、高野豆腐と椎茸の煮たの、かっちり煮豆、お味噌汁。煮物は昆布だしを取ってくれてました。

何に驚いたかというと、食材がない中こんなにおかずをつくってくれたこと。

我が家には人参、玉ねぎ、ジャガイモと、乾物数種類しか置いてなかったんですけど、(冷蔵品はこんにゃくだけ、笑)それをくまなく確認してメニューを考えたその力に驚きました。

おいしかったなー。

自然食カフェさながらの美味しいご飯でございました。