みんなで囲む食卓。

できたできた。テーパードパンツ。柔らかくて履いた時にあったかい生地にしたかったからこうして作って見ました。息子くん、大満足してくれてよかった。

 

リブを変えて作ってます。

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マホエアネラさんのテーパードパンツ。丁寧な説明書でサクサク出来上がりました。小学校二年生の息子くん。まだ可愛い雰囲気も大好き。

型紙:mahoe anelaさん

生地:厚めの裏毛とリブは山ガール風のジャガード生地。

 

最近我が家に遊びに来てくれるお客様が増えて、夕飯を家族以上の人といただいています。トモエのお友達、パーマカルチャー研究所にあそびにきてくれたかたがた。。

 

子どもたちは毎日楽しみ、私は人様がいるからと、気取った料理を出すことをやめてみました。本当はね、おもてなし料理だったらもっと喜んでくださるかもしれない。けれど私たちにとっての日常であるからそんなに頑張らなくてもいいのかもしれないって思っています。ただ一緒に過ごす時間を心地よくいられたら。そうして人とか変わってゆくこと、関わることの心地よさを経験してゆくこと。

 

それが我が家の教育の一部なのかなって思っています。子どもたちだけでなく自分たちも育ってゆく。人として素直で気持ちの良い大人でいたいと思うから。

 

我が家に来てくれてありがとうございます。こうして来てくださって心地よいって思ってくださる方と、機会を作って持ち寄りバイキングパーティできたらいいな。

 

 

日々のあなたに想いを込めて。

できたできた、コユのダブリエ。片足立ちしてます。

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クッキーのボタンが可愛くて目立つようにシンプルに。

言葉でなくてもいいから、想いを載せたくてメッセージタグも付けました。誰に届くかわからない量産品にはない「あなたへ」の思い。最近思うのです。

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こうして思いを乗せていくことが大事なのかなって。日々日々、その瞬間、あなたへの想いを送ること。これがどこかで、通じてくれる気がしています。我が子が今日も思い切り楽しんで、事故もなく笑って帰ってきてくれること、お腹を満たして今日を過ごせること。

 

それはそう願ってくれる人がいるから循環して成り立っているのかなって。

 

そうはいいつつ、このダブリエのタグは結局私が買ったものの中からコユが自分で選んだんです。「happy,always with you」

コユから私へのメッセージ、私からコユへのメッセージ。

そうして伝え合う気持ちがこもった服。毎日着るものだからこそ、想いを込めたいなと思っています。母である私からのお守だよ。喜んで着てくれてありがとう。

 

さてと札幌の交通資料館に行きました。病み上がりきってないけど大ちゃんの希望を叶えるべく、三年間の休館前日に。

昔の電車とバスの展示が面白かった。こんなレトロなバスがかわゆくて。

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館内は小さなスペースに運転席の模型や昔のハンドルや切符などが 並んでいて、大ちゃん大興奮。私とコユはあきて早々に屋外展示に行くことにしたのだけど、大ちゃんはいつの間にやらそこで出会った同じ歳くらいのこと遊んでました。それもいつもの友達のように、ちょっとやめてよー、とこうしてみようよ、とか、身体を摺り合わせながら遊んでいて、小さいうちからこういうことができるっていいなあって感じました。だからこの人たちを待とうと決めてコユが飽きないようにかんがえる私。

 

きっとトモエとタイで過ごしたおかげだと思います。人との心の距離をちかくできる。相手を悪くみない、そのまま受け止める。

すなわち、「人を信じてる。」生き方をしてるんだろうなあって大ちゃんの器の大きさにただただすごいなあって感じました。

 

それから「今を楽しむ」いきかたをしてる。出会ったあなたと楽しめる。

 

昔は家の外に出たら誰かしら子どもがいて一緒に遊んだと言います。タイの村もそうでした。

 

こうして子ども同士が自然に人との関係を作り、信じ合って助け合って大人になれたら、大人になっても信じあえる社会なんだろうなあ。

 

そういう世界がタイの村にはありました。まずは自分のそばからでもいい、きっとそうできるんじゃないかなあ。

 

日々の幸せはそこからな気がしてます。よし、しあわせにいきるぞ。

 

延々と待った交通資料館、私にとっても学びの時間でした。大ちゃん、ありがとう。

 

 

 

 

一人は一人のために。

久々の更新。札幌は紅葉が進んで朝晩はすっかり寒いです。でもこの時期がまた綺麗なんだよなあ。

 

チクチクブームなのでちょっと公開。トモエのお祭り用にレッグウオーマー作ってみました。

 

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あまりに楽しいので違う布でも作ってみます。 

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 寝ても覚めてもチクチクチクチク。やらせてくれる子どもたちに感謝です。ラッピングは端切れで。

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そしてもうひとつ。最近の我がフィールドでのお楽しみ。火起こし。

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足るを知る。ということはどういうことかに気づいてしまってから、買い物に行くことや出かけることがまたグッと減りました。あるもので、暮らす。

 

もちろん、可愛い雑貨を買っても、好きなお料理をしても、ディズニーランドに行ってもいいんです。でもね、一番大切なことは日々を楽しむこと。楽しみ続ける暮らしが日常にあること。そして自分の次の世代の人間も同じように暮らせること。

 

そう考えた時に、ふとひっかかることがありました。自分の次の世代の人が同じように暮らしていけるのだろうか、と。エネルギーを使い続ける暮らしには限界があります。ものを増やしたぶん、ゴミになります。美食をしつづけたぶん、子どもたちはまた美味しいものを食べるために、歯を食いしばって仕事をする必要になるのかもしれません。

 

今は足るを知らない暮らしをしているのかもしれない。だからなるべくあるもので暮らす。なるべく、でいいとおもうのです。こうしてなるべく、とおもう人が一人、また一人って増えてくれたら、消費が減ると思うから。もう少し、世の中のスピードが遅くなるかもしれないから。

 

自分のペースで、毎日、毎日、暮らせたらきっとうつ病が減るんじゃないかなって気がします。

 

もっと自分に優しく生きてもいいんじゃないかな、っておもうのです。常識は、本当にその通りにする必要があるのだろうか、って最近疑問に思います。

 

だってね、日本の外に出るとその常識がなくても、人々が優しい気持ちを使いあいながら生きている姿を目の当たりにしたから。私たち家族が、お互いの暮らしをそっと見守り、そっと感じ、毎日穏やかに暮らしている人のなかで暮らした村はそんな場所でした。

 

「一人はみんなのために、みんなは一人のために。」

その言葉を浴びながら育ってきた私。自分は二の次にしてみんなのために尽くすこと。それは当たり前でした。だから自分が自分のために立ち止まったり、優しくしたりすることなんてしてこなかった。そうして生きてきた時間が、我が子が生まれてくれた時に、苦しみに変わりました。突発的な喜びはあげられるのに、その喜びを作るために疲弊して疲れて怒ってしまう。じゃあ、自分はどうしたらいい??

 

そう考えた時に思ったのです。私自身が、いつもある喜びが何かわからなくなってることに。子どもといることが24時間、負担でない人は少ないと思います。子どもたちはいつでも、私だけをみて、とアピールするから。そうした時に自然と心でぶつかってしまうのです。

 

腹を痛めた我が子にはできるだけ、満足して生きて欲しい。そう願うのがお母さんだとおもうんです。けれど、それができないから、苦しむ。たぶんね、子どもが生まれてきてくれて、夫婦関係が変わるのはこの違いだとおもうのです。これはなかなか、お父さんには理解し難いことなのだろうと感じています。家族を思うからこそ、仕事をしてくれるお父さんに、伝えて共有してもらえたら、夫婦関係が温かいものになるけれど、子どもと長い時間過ごす経験を自らしてくれる方にしか、なかなか伝わらないであろう部分。

 

なぜお母さんはキーキーしがちなのか、の答えはそこなんじゃないかと思います。子どもを産ませてもらって初めて知る苦しみ。この苦しみそのものが自分でわからないから、怒ってしまうのだろうと感じています。

 

そのお母さんの幼少期が満たされたものであったらきっとおこらなかったことだと思います。高度経済成長期、鍵っ子だったり、お父さんが不在がちでお母さんだけに育ててもらった人の苦しみ、な気がします。あ、でも血のつながらない人にでもいい、深く愛してもらっていたらその症状は軽かったかもしれません。

 

「自分は自分のために、みんなも自分のために」こうして幼少期を生きた人は、優しいです。自分にも、人にも。きっと世界に対して優しいのでしょう。誰かの苦しみに気づける感を持っています。「人のために」というよりも早く、感が働き、身体を動かしてくれるのです。

 

大ちゃんやコユもそんな人です。もちろん、その日によりいろいろありますが、その時々に動いてくれるのです。もちろんいざという時にはいつだって文句も言わずやってくれる。すごいなあと思います。

 

人は一人では生きて行けません。他の人力が必要です。本当にね、暮らすことには人力のエネルギーが必要なのです。

 

人間は完璧じゃない。けれど完璧でなくても心の通いあう関係があれば笑顔で生きていけると思うのです。

 

自分が満たされていれば、優しくあれる、と私は感じています。

「自分は自分のために」

これに満たされた時、人との関わりが欲しくなる気がします。そしてそう思った時に優しく関わろうと思うと思います。

 

私が 足るを知る という言葉を頭でしか分かっていなかったように、言葉は、相手の経験が自分の経験とリンクしてその人の腑のなかに落ちた時、自然と行動に変わってゆくのだと思います。行動に変わった時に初めて 理解できた 、ということができるような気がします。

 

「一人はみんなのために。みんなは一人のために。」

この言葉を思いついた人はそう行動できたのかもしれません。あくまでその人の言葉だったのだろうと思います。本当はどんな意味を持っているのか、今の私にはわかりません。屁理屈ではなく、本当に、素直に、わかる方に、聞きたいなって思います。

 

言葉で伝わることって少ないのかもしれません。

だからこそ丁寧に旦那さんと、わがこと、周りの人と、自然と、物と、接してゆく必要があるのかなとおもいます。

 

そうして、この自分の常識で行動することは、今、目の前にいる人にとって優しいのかを問うていく必要があるのではないかと感じています。

 

とまあ、深いとこまで考えてしまいましたが、火を見ていると心が落ち着きます。この日は娘ちゃんと、次の日はお友達の子と、いつまでもやっていました。火をつけもやすことは人間のエゴかもしれないけど、火は自然の一部な気がするわたし、こうして自然はいつも私たちを助けてくれているのですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手仕事

今日はトモエへ。もうじき、年に一度のお祭りを控え、準備に忙しい母たち。私は母さんの夜なべで、レッグウオーマーとあずま袋風、ショッピングバッグを製作。

 

レッグウオーマーは大人用と子供よう、赤ちゃん用。 我ながら上出来。

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買い物袋は丁寧に作りたかったので、ちゃんと布を仕入れたのでちょっとバザーにしては高いかな。けれど、納得のいくもので、使えるものを並べたかったから。

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毎晩毎晩夜なべをしながら、ふと考えていました。私の作ったものはロックミシンもないので生地の裏側は機械で作ったようなうつくしさはありません。だから、売ることに少し抵抗がありました。

 

切り端にジグザグミシンをかけただけ。こんなものじゃ売れないかな。もっと完璧なものでなくてはいけないかな。。

 

けれどね。

けれど、私は思ったんです。人間が作るものに完璧なんてない。

 

タイで住んでいたお家もそうでした。使うお皿も生活グッズも自分で作ったもの。

見た目は素朴。

 

でも、これは自分で直せるんです。壊れても焦らず、壊れちゃった。って笑っていられる。

生きていくぶんには何にも困らないのです。

 

だからね、気楽でした。壊れることを前提に大切に使って壊れたら自然に返すか直す。

 

ただそれだけ。

 

そう思った時にふと思い出したことがあります。

私は自分の子育てに完璧を求めていたんです。

 

いい幼稚園を探し、育児書を読む。子供と自分の関わりで自分を責め続ける。

 

この完璧さは生活の端々にあわられていました。完璧に家事をこなし、人との付き合いも完璧を求める。だから、1日を過ごして夕飯を終える頃にはへとへと。

 

それなのに、これから皿を洗い、洗濯を干し、部屋の片付けをしないとならない。子どもに怒鳴っちゃならない。旦那さんのご飯の支度もまだ待ってる。

 

帰ってきた旦那さんを捕まえて私が今日大変だったこと自慢をしながら、ご飯を食卓に出していました。

 

せっかく過ごす夫婦の時間。私は自分がどう家族と過ごしたかったのかイメージしたことあったのだろうか。

 

仕事でも家庭でも完璧を求められるから、自分一人の時ですら完璧でいようとする癖がついてる。

 

そう思いました。私はそれを手放したい。

 

タイでの生活は私のそんなところを根こそぎ変えてくれました。

 

人間のすることに完璧なんてないのだと。これを前提にせいかつしたいと思いました。

 

私がしたいことはただ一つ、日々愛をもちながら生活すること。

 

そのためにはこの完璧さはいらない。手放そう。今はそう思いながら暮らしています。

 

だから自分の作ったものも外に出してみることにしました。使うぶんには強度も実用性も、見た目も素晴らしいと思う。

 

既製品と違うのは裏側の始末が完璧でないことと、クレームは受け付けませんということ。そして、思いを込めて丁寧に作ったということ。

 

壊れたらそれぞれが直せばいいと思うのです。それくらい自分でできる方が暮らしに不安がわきません。家の修理も電化製品の修理も自分でできたらいいと思いませんか?

 

完璧でないぶん、私は自分の作った作品を誰かに届ける時に、壊れた時に直す方法を添えておこうと思っています。それが、私からそれを使ってくれる人に送る気持ちなのです。自分を思ってくれる人がいる、きっとそれが人を元気付けると今の私は思っています。

 

私は量販店の安い服がアジアの人たちの安い賃金でできているらしいことに悲しみを覚えます。人々が皆、支え合ってお互いの生活の幸せを祈って暮らせたらいいなって願っています。

 

私たちが量販店でものを買うことは、彼らの仕事を支えているのではないような気がしているのです。

 

幸せの経済学という映画を見ました。それが心に響きました。わたしたちのものが豊かになるにつれ、貧しくなる人が増えるというのは本当かもしれない。

 

そう感じています。私は、幸せでいたいと思います。けれども、あなたもあなたのお友達もこの世の生き物すべてが幸せでいてほしいと願っています。みんなで幸せでいられたらいいなと、夢を描いています。

 

私が贈った手作りのものたちは、保証も、責任もないけれど、その人とその家族を思う気持ちを込めています。そんな自分の考えがあるから、だから、わたしの作品たちを外に出していこうと思っています。それがわたしが伝えたいこと、わたしが生きている中で残したいことだから。

 

手仕事は穏やかな生活を祈る気持ちがこもっている気がします。だからわたしは手仕事を続けます。じっくりゆっくり自分と向き合いながら。

 

 

 

 

娘のお誕生会。

コユのお誕生会、トモエではお誕生日は好きなものに変身をして楽しみます。

 

お姫様、テレビでの流行り物、スポーツ選手、忍者。他にもミミズや鯖、男子がぷりきゅあに変身したりもします。

 

そしてその格好で冒険ストーリーをしながら誕生児さんの姿を披露し、最後にみんなでお祝いの歌を歌います。

 

今年、コユは「蜂になる!」ということで蜂の衣装を製作。最近かわいい好きなのでお姫様衣装にし(お誕生会後は普段着に)、このあと、裾に黒いガムテープを二本はり、はりと羽を縫いつけました。バルーンスカートにしたので、お尻はふんわり蜂のお尻風。

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そして頭にはティアラを。 こちらも100キンで材料を揃え、作りました。たのしかった。あ、お人形のように可愛いこの人はコユではありません、ぽぽちゃんです 笑笑。

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すっかり女王蜂 笑笑。当日までは興味も示さなかったこの衣装を、当日、コユは着替えた途端に、私からスッと離れ、みんなの前で、喋ったりおどけたり。ああ、こんなに大きくなったんだな、って改めて感じさせてもらい胸がいっぱいになると同時に、私も人として成長できているだろうか、と見つめなおさせてもらいました。

 

子どもたちはひび、人の中で、自分の中で、育っていっている。でも大人になった私は、当たり前の世界の中にどっぷり浸っていないだろうかって、今日も考えています。まずは今の自分を見つめること。私はこの人生で何がしたくて、どんな風に目の前でおこったことをかんじているのだろうかって。私は私の望むような生き方をしているだろうか、って。

 

子どもたちはすごい。きっと自分が生きたいように今を生きているのだと思います。自分も、周りの人も大事にしているんだなって感じています。

 

コユも大ちゃんも、きっとそう。私の目には二人の姿がそう見えています。まだまだ私が邪魔をしていることは多いけれど、この人たちは確実に自分の足取りで今を生きている。

 

私の思い込みで、子どもたちがしていることに、文句をつけてしまう自分が嫌でした。でもこの一年で自分の姿を、自分の外側から感じられるようになってきて、そんな行為が少しずつ減ってきました。まだわずかではありますが、そうしてしまった時に、自分の胸に響いてくるようになり、行動を変えられるようになっている自分を感じています。

 

昨日、旦那と急遽、ホテルに泊まりにいった大ちゃん。旦那が何気なくとったたった一枚のバイキングを食べてる写真。そこに写った大ちゃんのぱあっと明るい顔を見て、私は、彼の生きる道を邪魔したくないと、改めて思いました。私が変わったことで風通しが変わった親子関係の中で、子どもたちはたくさんの表情を見せてくれています。けれど、私がいない時の彼の表情を見て、私はまた1つ気づきをもらいました。

 

「人は、何かに気付いた時から変わり始める。」

 

誰かからそんな言葉を聞いたことがあります。今の私はそれを理解できるようになりつつあります。

 

私と子どもたちは別の存在で、子どもたちがすることが私にとって気に食わないから文句を言う、と言うのはやっぱり違うな、って無意識の中まで浸透していったように感じています。

 

私たちの元に生まれてきてくれた大ちゃんと、コユ。まだ道半ばですが、私自身が今の自分を受け入れられるようになってきたことで、年をおうごとに彼らが愛しくて可愛くて。そう思える人間になれました。

 

そう、だから、今は自分も愛せます。やっと、やっと、ね。

 

いつだって争いが絶えないうちで育ち、育ちが恵まれなかったことで自分を責めてきた私。自分のせいだと思ってきたことは実は自分のせいではなかった。そしてそれは母のせいだと思うようになったけど、母のせいでもなかった。母もそう育ってきた、そう、母も精神を病むほど、ずっと苦しんできた。

 

この親から代々引き継いできた苦しみを、私が手放すことができれば、我が子も、その次の子も、幸せに生きられる。

 

そのことに気づいてから、私はそれに人生をかけています。私が我が子に、できるかもしれないたった一つのこと。そしてそれは今まで、「私」を生きる術を知らなかった私のためでもある。

 

だから、我が子が、他の人が、「自分の人生を生きる」ことを、邪魔しない人間でありたい、と思うのです。我が子に過去のことまで引っ張り出して文句を言ったり、彼らの言い分を親の権力で聞かないことはしたくない。周りの人の生き方を羨ましがったり、文句を言ったりしたくない。自分を他人と比較したり、責めたり、隠したりしたくない。そうすることで、自分が何を感じ、考えているのかわからなくなってしまうから。心の中で相手を責めたり、自分を否定するこちで自分の優しさまでしまいこんでしまうから。

 

家族の誕生日は、私にとって自分の誕生日でもあると感じています。あなたがいてくれたから、私は気づけて、変われた。他人の皆さんに対してもそう。まだまだ自分が揺れてしまうから、大きな声では言えないけれど。家族は特に共に過ごす時間が長いから、たくさんの成長を私にもたらしてくれてる。

 

私は五年前より幸せになれました。それは自分の物事の捉え方が全く変わったから。だから生きてる世界が、見える世界がかわりました。苦労させてきた自分の身体が弱ってることによる不安も、人様に対して時に否定的に捉えてしまう癖も、まだまだ抱えています。

 

けれどね、私は大丈夫。自分を信じられるようになったから、毎日が明るい。そう信じて生きて行くこと、それがいまの私を元気にする方法。

 

仮死でうまれたコユが4歳になってくれたこと、私の身体がここにあり、お誕生日を祝えたこと、大ちゃんがお誕生会の時、コユのそばで歌を歌ってくれたこと、旦那さんが支えてくれること。全て当たり前じゃない。そばに居られる人生のわずかな時間を共にいる選択をしてよかった。毎日10回はありがとうが出てくるこの一年だけど、お誕生日はとくに大きな、大きな、ありがとうで私の心がいっぱいになります。

 

 

最後に、トモエのお誕生会、みんなが言ってくれます。

「コユちゃん、おめでとう。コユちゃんのおかあさん、コユちゃんを生んでくれて、ありがとう!」

 

「生んでくれて、ありがとう。」。私は生まれてほしいと願い、この身体がそれを支えてきてくれた。本当は、ただそれだけで、自分で考えて何をしたわけでもない。頑張ったのはコユと脳では理解が及ばなくてもいつも動き続けてくれている私の身体。でも、この言葉に、涙でいっぱいになりながら、全てのことに、おもいます。家族、トモエ、穏やかな日々、そんなこの世界にいさせてくれることへの有り難さと、母への思い。そして自分の人生が抱えた苦しみを穏やかさに変えていこうと願う祈り。

 

もう一つ、なんのためにいきているのかはわからないけれど、一つ気づいたのは、私がここにいることで、伝わっていく何かがあると言うこと。ならば私が、愛しいと思うこと、あったかいって思うこと、大切だって思うことを残していきたい。

 

と、まあ、人生色々あるけれど、日々を大切に生きて行きたいなー、とただただ思って綴ってみます^_^

 

今日もここにいてくれて、ありがとう。大切な、愛するコユへ。

 

 

 

学ぶということ。

昨日ともえで「埴 しゃぼう」さんという植物写真家さんが出てるドキュメンタリーを見ました。「足元の小宇宙」という映像。

 

埴さんが、雑草にタネを飛ばす瞬間を写真に収める様子がとられていて、埴さんのことばひとつひとつに、心がワクワクしました。

 

買ってきた椎茸が、ほうしを飛ばすところ、つくしのほうしが踊るように動くところ。。なぜ地球上のここに存在しているのかわからない雑草たちを見て、私たち人間もそうだなあってかんじて。ただただ埴さんの、ワクワクしながら雑草とともに時間を過ごしてるところに、吸い込まれて見ていました。

 

そうしてふとね、学びってこれかもしれないって思ったんです。知りたいっておもいました。

 

埴さんがどんなことにワクワクするのか。

どんなことを見つけるとこの写真を撮りたいとおもうのか。

あの雑草はどうやって生きてるのか。

埴さんにとって今一番大きな不思議はなんなのか。

どうやってこれで食べてきたのか。

大変だったことはなんなのか。

それでも埴さんがこれが好きで仕方ない理由はなんなのか。

埴さんにとって雑草ってどんな存在なのか。

などなど。。。。。

 

埴さんの言葉で聞いてみたい。昨年、亡くなってしまったからもう叶わない願いですが、そう思うと学びたいって思った時って、まったなしかもしれません。我が子や旦那さんがそうなった時、すぐそこへ向かえるように家族として支えていけたらいいなって深いところで今、感じています。もちろん自分自身も。

 

こうして学び始めたら、生きることに繋がって行く気がします。そうしてその人の生き方を知ることが、私の中で、1つのヒントになってくれる気がします。なにより、わくわくたのしいから、だれを蹴落とすこともない、人の幸せを妬むこともない、人の邪魔をしてる時間なんてない。

 

学びは強制するものではないのかもしれないってなんとなく思っていたけれど、多分そうなのだと思います。教育の始まりは、まず、職人の親方に惚れて、弟子入りすることだったそうです。技を盗む、という言葉もここから生まれたようです。

 

自分のために学ぶ、自分がそうしたいから学ぶ。自分が生きたいように生きる為に、学ぶ。

 

こうして考えると、私はすでにたくさんの素敵な人に出会ってます。そしてね、子どもたちの育つ過程に、自然をそばに置いてくれたともえ幼稚園の園長。人は自然を忘れてはならないと思います。生きる土台全ては自然が作ってくれたもの。私たちが生まれてきたことも、そう。

 

学ぶとは、生きること。幸せに生きる為に学ぶ。生きていて学びのない日は1日たりともない。

 

そっか、そっか、そうだったんだあー、と気づいてすごく嬉しい朝でした。

 

埴さん、ともえの園長、ありがとうー。

人が育つということ。

最近読んだ本。

本当は怖い小学校1年生。汐見稔幸

学校を捨ててみよう。三池輝久

神様とのおしゃべり。さとうみつろう

人が育つ町 。木村仁

 

どれも面白かったけど、一番はともえの園長が冊子にしてくれた「人が育つ町」。

 

これね、教育者を育てる学校の教科書にしてもらいたい。大事なことはココだとおもう。いか、私の解釈が入ってますが。

 

子どもは親、教師、だけが育てるものではない。そもそも子どもは不完全な存在という捉え方が間違っていて、彼らから、生きることを学ぶべきなのは大人もそうで、小さな瞳の生きる力はすばらしいもの。自分を受け入れ、虐待する親すら受け入れるという、深い愛を持ってる。

 

大人は、子に、教えるのではなく、生き方を見せて行く。上に立つ大きな存在ではなく、共に生きる対等の存在であり、背中を見せる、というのは、自分に誠実に生きる姿を見せて行く、そのことにすぎないのではないだろうか、と。

 

私がタイから帰り感じていること。

 

現代は家が密閉され、それぞれの暮らしが、保証されているように思っていたけど、これにより、他を受け入れるゆるさや、自分の弱点をさらけ出すことで生まれる気楽さを失ってる気がします。もちろんね、メリットもある。だからこうなった。けれど私は、子育てという意味でデメリットをつよくかんじてしまいました。

 

母子の依存関係というのは厳しいもので、まともに密閉空間で生きていたら、我が子がどんな人間か、理解する気持ちを失ってしまうと感じています。自分と同じように動いてくれないと、ストレス溜まっておかしくなっちゃいます、きっと。地域で関わり合うことが、母にとっても、子にとっても必要。人はきっと、いくつになってもそだっていくひつようがあるんじゃないかって思います。だから、ひととしていきるために、コミュニティが必要なのだとおもうのです。

 

お互いが、穏やかに生きるための、優しさを持った関係でいられるコミュニティ。そうして満たされて育った人で作られた村というのは本当に穏やかで豊かです。生きることを尊重しあってます。

 

人同士が認め合って日々を生きること。それぞれができることをして補い合って生きること。それで回って行くのかもしれない、試してみたいなって私が今、なんとなく感じています。自分ができること以上のことをしなければ怒る必要もないですしね。時に怒ったって小さなことですしね。

 

本当は怖い小学校1年生、も学校を捨ててみよう、も、子どもたちが大人のスピードの中に組み込まれることで、脳も心も疲れてしまうということが書いてありました。私の子供時代がまさしく、それ、でした。自分はどんな人で、どう自分を表現して行ったら、自分が無理なく、人にも優しい気持ちで関わって行けるのか、試行錯誤してくることができなかったんです。だからね、大人になっても、というか、大人になった時、ようやっと、自分の足で歩くことを許されたから、今でも試行錯誤中。子供の頃は大人の満足のために試行錯誤してきたから、未来へ向かう我が子にためにもしたいことのためにとりかかるのが、もっと先になってしまってるんです。

 

疲れた脳はそれを癒すためにいろんなことをこうどうにかえます。この本を読んで、いじめ、ヤジ、偉そうにいう上司、の構造が少しわかった気がしました。そうせざるを得ないんです。でも、そうした結果、自分が置いてきぼりになるのにね。どんどんマイナスの塊になるのにね。

 

それぞれが自分の人生を一生懸命生きてるんですよね。学校だってシステムだから、先生が悪いわけじゃない。そしてそうせざるを得ないように私がしてる部分もあるのかもしれません。誰が悪いわけじゃない、そうなってしまっただけ。

 

でもね、私も含めてもっと自分に優しく生きれるようになったらいいのにな。毎日仕事をするのがご飯を食べるように楽しくなったらいいのにな。ふとそう思った朝。