山の中での暮らしを楽しむ子供達。

子どもたち、どんな風に過ごしてるかというと。。

あのネットの手前の穴の中で土木作業してます。

f:id:yurukkosae:20180922161652j:image

 

本日の札幌は薄めのジャケットが必要な木枯らしと小雨の降る1日。

うちの前の雨が降った時の山の水が溜まる穴に温泉掘ってます。

 

大人はかなり寒いので上着来なよーっていうけど、いい、ってきません。

本人がそういうのでそのまま続けてますが、この熱中が終わったら、寒いって言い始めるとおもうのでお風呂の準備しないとね。

f:id:yurukkosae:20180922161738j:image

 

 

えーっと、この方達、水が湧いてきたのを見て温泉入って、と。。。

( ̄◇ ̄;)!!!!!!!!

ちょっとあったかくなってきたっていうから手を入れて見た。

( ̄◇ ̄;)( ̄◇ ̄;)( ̄◇ ̄;)!!!!寒中水泳か!?

大人にその温かさは全くわからない。

あの、全然あったかく無いです。

悪いけど大人はムリです!!!

ダッシュでうちに引き返す。

 

けれども、彼らは、ねえ、入ってと言い続ける。

あったかくするから、ってお湯まで沸かし始める。

(T ^ T)(T ^ T)。。。。。

子どもの気持ちに共感するんじゃなかったのか?

心の中の私が言う。。。。

…はい。ハイ、そうでした(T ^ T)。覚悟決めてできる限りやってみます。

 

そんなわけで足湯。

ミントの湯らしい。

そばに足ふきタオルもある。

寒そう。。。。頑張れ、私!!!

f:id:yurukkosae:20180922163240j:image

 

あぢー!!!!

熱湯!!!熱湯やん!

 

水足して入浴。

f:id:yurukkosae:20180922163936j:image

おお、あったかい。

アーシング風呂だそうだ。ああ、確かに。

 

娘とくっついて足湯。私の腰に抱きついて下見てます。左側の丸いのが頭。

f:id:yurukkosae:20180922164006j:image

小雨降る中、笑。

ミントの匂いして以外にいい。

やっぱり経験してみるもんだ、笑。

 

 

さて、出ますか。

f:id:yurukkosae:20180922163854j:image

足が赤くなってる。

ほら、気持ちよかったでしょ。と言う大ちゃん。

ちょっと足痛いけどね。

 

まあ、楽しい時間でした。

f:id:yurukkosae:20180922164144j:image

 

で、5分後。。。

f:id:yurukkosae:20180922164304j:image

 

( ̄◇ ̄;)!!!

でもこの顔見たらもうなんでもいいやねー。

f:id:yurukkosae:20180922164535j:image

この名湯に入りたい方は是非予約を〜、笑。

 

 

 

 

 

 

 

私がオフグリットな暮らしをしてるわけ。

が、昨日ふと言葉になった。

 

私ね、悔しかったんだ。

東日本大震災原発事故の後にね。

私たちの代で解決し得ない核の廃棄物を生み出す機械を使いながらくらしていることを、知らなかった。知っていたのは原発で電気が作られてる、ってことだけ。

 

これが事故を起こした時に自分の子どもたちが健康に生きて行く、その一番大切なところを失ってしまうかもしれない、ってことを、知らなかった。

 

私はスイッチ一つでストーブつけて、便利なマンションに住んで何もせずに水をうちの中で飲めて、いつでも好きな時にコンビニ行って買い物して、週末はレジャーして。

電気もガスも、水道も石油も、たくさん使ってたのしんできた。

でも我が子たちはここから生まれた副作用を背負って行く。2人目を持つことに罪悪感を得たりもしながら、母としての苦しみも味わった。

 

食べるものも吸う空気も、生きてる間中あしかせになる。

日常の中で身体がだるくて動かせない苦しみを私が知ってるだけに、放射能による身体の問題がもどかしい。

誰のせいなのさ!

どうしたら放射能は消えるのさ!

答えのない中をぐるぐる考え、それが麻痺するくらいの時間を考え続け、ある日ふと、答えが言葉になってポンと出た。

 

知らなかった自分のせいさ。

こうして暮らすことを当たり前だと思い込んでる自分のせいで起こった事故だと。

 

人のせいにするのをやめた私がいた。

母としての子どもたちに幾らかでも背負わせるものを減らしたいという思いが、これからの自分は子どもたちに何を残して生きたいのか考える方向を与えてくれた。

 

でね、もう絶対嫌なのさ。

知らずに恩恵しかないと思って生きてきて、こうして苦しみに出会うのは。どうしようもないことが悔しくて仕方なくなるのは。

 

でね、7年かけて歩いてきたのは、自分がどうやって暮らしてるのか知ろう、ってことだったようなのだ。計画的に物事を進めるのが苦手な私だったけど、きっとこう思って、願ってきたから、今、この暮らしをしているのかもしれないってね、ふっと先週気づいた。

 

原発事故の時の悔しさはもう繰り返さない。

自分のできることから歩いていく。

それが、私が今、山暮らしをしているわけ。

 

暮らしは生きる上での基礎。

それをどうできてるか知らないことへの違和感を今は感じています。

わたしにとって知識は役に立たない。自分で経験して感じることの中から学んで調べて、きいてゆく。

 

 

むずかしい本を読んだりしない私だけど、こういう暮らしを始めてみて、どうして教育制度は生まれたのか、とか、農薬を使うようになったのか、とか、なんとなくわかることが出てきました。

必要な時もあったのだろうと想像をしています。

 

けれどもうつ病も増えている世の中、教育制度が正しいとか間違ってるとか、そういう議論では変わらないと思います。私たちの生きる上での必要なものはなんだろうと問うて、それぞれに必要な選択をしていく必要があるのだろうと感じています。

 

あとね、昨日の続き。ふっと思ったことがあります。

日本は農薬大国なんですって。

 

いつかね、原発事故のように突然、発達障害やガンは農薬のせいだって言われるんじゃないかってね、おもったのです。

私ね、また原発事故の時のように騒ぎ始めたその時になって、知らなかった、どうしようって、途方も無い悔しさを持ちたくなくて。

あの辛さを繰り返したくなくてね。

誰か一緒に考えませんかー、っておもってます。

もちろん今の私が勉強会なるものを設ける余裕はないのでそれはしないけど、それぞれが考え、聞いて、知って行ったらいいとおもうのです。

突然、私たちが慣行栽培のお野菜を買わなくなって今まで私たちを助けてくれた農家さんが苦しむのも違うと想うので、移行を願うならそれに伴い考えなきゃいけないこともあるのでしょうしね。

人にも自分にも優しい世界がいいなと想うのです。

 

農家さんが農薬を使わねばならないのは、私たちのせいでもあります。

誰が悪いわけでもない。

ただ日本は農薬大国なのだそうです。

こんなに綺麗なお野菜を売ってるのが日本だけ、というひともいます。

 

農家さんの人参の5割以上がハネ品で畑の肥やしになるそうです。

とうもろこしもかぼちゃもじゃがいももそうなのを私も知っています。

綺麗なものばかりスーパーにならんで、って文句言いたいのではなく、苦労されて育ててくれた分の大半が無駄になることに悲しくなります。

農薬かかっていることを私たちが認めているなら、そんなハネ品も売れて、せめてもう少し農家さんの暮らしが楽になる方がいいなあっておもうのです。

昔はそれぞれのうちで食べ物を作っていたみたいだけど、今は農家さんがまとめて作ってくれるでしょう。そんな風に大量に食べ物を作るってすごく、すごく大変なのです。

野菜だけでなく卵も肉もそうなのでしょう。

 

山暮らしの師匠の五郎さんが、ハネ品でほとんど捨てちゃうからもったいないんだよなあっていってます。

 

もったいない。

本当にもったいないっておもいます。

 

それをしれたこともこの暮らしを始めたからで、よかったなって思います。

 

 

今年はオクラがならない。花はつくのにね、実が育つ途中で腐ってきちゃうのです。

だから小さなオクラの実と足らない分を花で補充。

オクラって花もネバネバなんですよー。

普通の食用花より美味しいと思います。

f:id:yurukkosae:20180921063706j:image

 

山暮らしをしながら考える。その1、農のこと。

一年かけて食べるお野菜を自分で作るということ。

 

を、私たちの世代は知らない。

もちろん私もそうで、今年、それを半年と少し経験して思ったことがある。

 

旦那さんと子供達という核家族の暮らしの中で、そして今の世の中の状況的に無理だっていうこと。

私は自給自足をするために、まだちいさなこゆを保育園に通わせるつもりはない。

 

一緒に暮らすという経験を積み重ねる中で伝えていける私の思い、生き方、愛は計り知れないものだと思っているから、この感受性豊かで、私を求めてくれるこの時期を人様に委ねたくないなあと思うから。本能で親を求めている時がきっと一番、関係が深くなって行くはずだろうなあと。この時期にしっかり関係を気づけたら、あとは本人が家の状況も感じて、自分のベストの人生を歩んでいってくれるんでないかと思ってます。だから大きくなってからからの学費の心配をするより、今のベストにかけてみる、そんな生き方をしています。

 

なのでこゆといっしょにようちえんに通ったり、気持ちが不安定な時は、2人の時間を作って彼女の気持ちに寄り添ったり。大ちゃんの時はそんな気持ちがまだ私の中に育ってなかったから彼は今も現在進行形で関係を深めているのでこれは同じ。

家族関係にかけたい時間も多いから、正直一年分の野菜を自分メインで管理するのはやはり今は無理だって改めて感じています。

 

種を植え鉢で育て、大地に植え替える。芽かき、間引き、雑草抜き、支柱たて、野生動物から実を守る作業。そして収穫の終えた畑から待つ次の季節に向けての野菜を植えるのです。秋を過ぎると冬支度も入ってくるので、これもまた想像を超える作業量。これに日々の食事作り、掃除、いまは家づくりも入ってきます。

 

我が家は家族でどう今をいきたいかをメインに考えてるから、雑誌のようなステキな自給自足をするのは無理だね、そう旦那さんと言っています。なので自分たちは楽しんでるけど、ステキには見えてないと思います、笑。

 

だからもちろん、ブログを綺麗にして発信するもの今は後回し。記録の範囲を超えてません、笑。

日々、生きたいように暮らしてるぎりぎりのところです、笑。

 

私たちの世代が農作業をするには多くの場合、片っ端から情報を頼らないとわからないことだらけの世代だろうと思います。だからちょろっと庭で菜園も簡単ではないですね。楽しいけれどもね。

 

いろんな自給自足をしてる人がいます。

それぞれが大切にするところは違うんだなあとふとおもう。

私たちは自分たちで暮らしを作ってみる、という実験、といったほうが近いかな。

自給自足より、助けてもらってるほうがよっぽど多くて、でも実は、こういうことが、古き良き暮らしだったのかなってふと思った今日の畑作業。

 

今日は室で保存するためのジャガイモの選別。

5時間くらいかかってようやく終了。

これをもう少し寒くなるまで紫外線があまりかからないよう保存するのが難しいのです。

写真はとりわすれましたが。

 

うちの敷地内で石拾い。

何億年もの歴史が詰まった石たち。

思いをはせるとすごく楽しくて、拾ってから、これを先日できたお風呂の床に埋め込みました。

自分で作るって思いも自然に詰まって行くものなのだなあと思います。

ものを大切にしようとか、食育で農家さんのご苦労を知ろうとか色いろ言葉は飛び交っているけど、暮らしの中にこういうことがあることが、そういう気持ちを自然と育むのかも、しれません。

f:id:yurukkosae:20180921053553j:image

 

大好きなお父さんやお母さんが大変だから手伝ってあげたら喜んでくれた、お手伝いの元祖はそこからきてるものなのでしょうね。親子関係の積み重ねの中で生まれてきた優しさに本気で嬉しいな、ありがとうって大人が返す。お手伝いは偉いわけではないし、ましてや宿題や約束にするものではないと思うので、夏休みにそんな課題が出て書いてきても私はスルーしちゃってるのでうちの子は忘れてます、笑。。その人の思いから生まれた暮らしの中の自然な行為、な訳で、ふとそうしてもらった時の子どもへの感謝の思いはおおきいです。助けてあげたい、って思ってくれたことが嬉しくて。

 

そうして一番近い人との関係の中で交わされた思いが、相手の状況を想う、ということに繋がって行くのでしょうね。我が子が日常の中で想いを馳せる時をどれだけ邪魔しないでいられるか、その経験を見守れるか、が私のまだまだ未熟な課題の一つです。

 

農のこと、書ききれなかったのでまた次に。

 

 

我が家のキッチン。

我が家のキッチン公開。

 

地震の時もいつもと変わらず稼働してくれたキッチン。

こうして地震直後も数日は生きていけるイメージが立てられ、私たちの心を支えてくれた。

数年のいろんな経験を生かしてある今の暮らしに感謝しています。

 

室内の給水システムはアウトドア用のタンクのみなので基本的に外で調理してから始めます。

タイでの暮らしは3ヶ月間、外のキッチンだったので私には特に違和感もないのです。

でも北海道の冬は早い。あとひと月もすればかなり寒くなります。

お湯は出なくてもいい、できれば室内キッチンができてればいいけれど、できてなくても雪が降るまでは私は多分耐えられるだろうな。

 

ずっと街で生きてきた私のこの一月での身体の劇的変化。

日中の数時間起きていると、夕方にはだるくなっていつもゴロゴロしていたここ数年。

朝も朝食の支度を終え、少し横になると動けなくなる日も度々。

そんな私の身体がこのひと月は1日しか寝込んでないのです。

朝晩と冷えるこのごろ、でも外に出てトイレに行き、洗濯部屋に行く。そして食事の仕込みも外で。

理屈ではわからないけど、外の風を浴び、地面を踏むことで身体が動物本来の姿に戻って行くようなのです。

それは心も同じ。

だから多少寒くても、私は外にキッチンがある方がいい気がしています。

からだにあぶらがささったようにしなやかに動くのです。

その感覚をたった1月で感じたから、なるべく外に出る暮らしをして日常を生きて行きたいとおもってます。

f:id:yurukkosae:20180917091104j:image

 

室内のにたきシステム。

ガスを引いてないので石油コンロでご飯を炊き、野菜を煮込みます。

f:id:yurukkosae:20180917092032j:image

 

もちろん、こんなだから手間のかかる調理はしません。

一夜漬けきをげっとして畑の野菜をそのままつけるだけ。

 

冷蔵庫もないので調味料は塩、味噌、醤油、おす。ときどきあぶら。

多分昔の台所もこんなだったのかな。

f:id:yurukkosae:20180917092522j:image

玄関にある食料庫には時々買ってくるチーズなどの冷蔵物もそのまま置いてます。納豆もお豆腐も数日ここにいるし、お魚もその日に火を通せば次の日までちゃんともちます。これからの季節は生でも持ちますしね。今年は魚を干物か燻製にして日もちさせる技術をつけようと思ってます。

 

上の段には畑からとってきたお野菜とたまご。

お腹を減らした子供達がここから自分で好きなやさいをとって食べたりゆで卵にしておやつにしたり。自分で楽しみながら作ったものは全部おやつになります。なので野菜のかごのなかみは気づいたらなくなってます。

 

暮らしが目に見えてシンプルでたべものをまったく無駄にすることもなく楽です。

 

そんな我が家の台所。サハイナンスタイル。きにいってます。

山の恵み!

きょうは山のキノコを教えてもらってとってきました。

これ、ボリボリっていうんですって。 

 

私たちにこれをおしえてくれた山の料理人、sさんはお味噌汁にしてくれたんですけど、めちゃめちゃうまい。

 

私たちは畑の料理人yさんのアドバイスによりお醤油であえてみることにしました。

いつものようにまずはむしだし。

塩水につけること1時間。

このキノコはさほど虫がいなかった。

f:id:yurukkosae:20180916152551j:image

 

そして軽く湯がいてお醤油とひしおでつけてみた。

これ、スーパーのと全然香りが違うのです!

自然の力は違うな。

ほかほかごはんがたのしみですー。

山の経験がない私たちだけの自給自足では叶わなかったゆめ、山のキノコ!

ここに住まわせてもらってることに感謝です。

 

山暮らしひと月。身体の変化でかんじること。

昨日の続きを。

国道まで4キロの山に住み始めた私たち。

大ちゃんの学校も国道のそば、よんきろのみちのりです。

でもね、昔はね、4キロくらい歩いて学校に行くのも当たり前だったそうです。

それにくわえてね、毎朝、自分ちのカメに満タンになるまで水を汲むのが子供の仕事だったそうです。

それ以外の仕事もあるだろうし、遊んでかなりの運動量だったのでしょう。

 

昔に戻ったらいい、そう、極端に思ってるわけではないけれど、それだけの運動量をこなして来たから

私の周りにいる先輩たちは80歳をすぎても、元気に笑い、はなし、シャキッと動いているのではないかと思うのです。

 

ジムでは長続きしない私がここで暮らすことで動く必要に迫られてるこのひと月。

アパートではだるくてゴロゴロしっぱなしだった身体が、このひと月で毎日動いてくれています。

何故だかわからないけれど多分、自然の力、この空気と、水と、微生物たちの力だとしか言いようがない、感じです。

あ、あと、冬を越えられるように家を整えなきゃという命のかかったことが目の前にあるから、笑。

 

ここは思っていた以上に、私たちにとって山の中の暮らしでした。ペーパードライバーの私が車を運転できるようになるのも一つの方法だけど、国道に出てバスに乗るまでの4キロの道程を歩ける身体になることもいいかもしれない、と思っています。

身体が動けることが、すべての基礎だと最近つくづく感じているので、子供達と一緒にまずがここで身体を作り直してみようと思います。

車はそれから考えてもきっと遅くない。

 

からだのだるさにくわえて、しせいのわるさや、骨盤が緩くて内蔵がさがってる感じが今でもあるのですが、ここでは日常で山の傾斜を登って野菜を取りに行ったりせんたく部屋に行ったりが日常で、今までは体操をして、内臓を下げないように筋肉の運動をしていたのだけれど、今は坂道を歩きながら、ぐっと力を入れる感覚がわかるようになりました。

 

アパートでめんどくさがって体操したり忘れたり、を繰り返していたころとちがって、確実に体幹がわずかながら変わり始めてることを感じています。人の身体は動物ですね。野山での暮らしをすることで、本来の身体の力を発揮できていたのかもしれない、と思わずに入られません。

 

整体師さんに頼るばかりではない(時には頼ってもいいと思っています。でも、いずれは自分で自分の身体をケアできるように、それをめざしているので。)くらし、お医者様に頼るばかりではない暮らしをしていけたらいいなってやんわりと思っています。

 

自然の中での暮らしが、身体が自ら自己調整へと導いてくれてる、そんな感覚の今日この頃。

小さな頃から運動もせずに、精神的にもストレスを抱えてばかりいて頑張ってくれた私の身体がどこまで変わって行くのか、今の私には想像もできません。

でも五郎さんの奥さんが50歳で農家さんになって身体が変わったって言っていたその言葉を希望に、まずは一年後の自分を楽しみに今を過ごしています。

 

さしあたってのここでの熊さん対策にポケットラジオは必需品。

熊鈴より、もっとしっかりした対策が必要なここでのくらしです。

 

カナチョロ、クワガタ、青大将。ここでは日常的に共に暮らす友達です。とは行ってもマムシもいるそうな。こどもたち、人生の先輩に聞いて直接学んでます。すばらしいことだよな。

f:id:yurukkosae:20180916151001j:image

 

 

小さな太陽光発電機。

台風一過の翌日の晩。

大きな揺れがあった。

北海道地震。東京で経験した東日本大震災を思い出す揺れだった。

揺れが止まっても体の震えが止まらない。明るくなってようやく落ち着きを取り戻した。

ちょうどこの日から3泊で東京に行く予定だったのでリュックの荷物を車に積んで万が一の準備もした。

慌ててつけた電気がしばらくしてパッと消えた。

あ、多分停電だ。そう思ったが、山暮らしを初めて、私たちは電気のない暮らしに慣れ始めていたので、いつものように太陽光の小さな卓上の明かりを灯した。

その明かりにホッとした。タイでの暮らしとこの山に移ってからの暮らし、約一年間のライフラインのない暮らしの経験で、家族全員が電気、ガスのない暮らしを知っていたので誰も慌てず、この明かりの安心感にその場で感謝をした。

これがあればまずは大丈夫。暮らすことに関する明かりはこれ一つで賄える、それを知っていたことは私たちにとって大きな支えになっている。日が登ってから明るいうちに全てを済ませる。暗くなって月明かりがこうこうとともる日はラッキー。天からのプレゼントで少し余裕が出る。

 

まだ暮らしが落ち着かず、トイレが別棟なので外でトイレを済ませることも多い子どもたちには、これは大きな自然エネルギーなのです。蛍雪の功、って本当にあったのだろうと思います。

 

小さな携帯太陽光充電機能威力がかなり発揮されています。日常では携帯しか充電できないものなのに、今は携帯が充電できるありがたさを感じます。そして小さな卓上ライトの充電もできる。旦那さんが考えてくれたこの充電グッズに頼って暮らしてます。

 

明かりは安心感をくれます。電池は無くなる不安がある。けれども太陽の力がある限り、毎日ではなかったとしても明かりが灯せるってすごいことだと思うのです。灯らない日は暗くなったら寝たらいい。

 

ライフラインのない暮らしを経験していることにより、先の見通しがたち、わずかだけど不安を減らすことができている気がしています。

 

明かりは一つで家族4人賄える。ろうそく使う手もあるけど、結婚式で使うようなそんなに大きなものは結構持ってないからね。

火は落ちた枝で起こせる。そうすれば鍋さえあれば料理ができる。

食べ物と水は大事にして、我が家の今のご飯は毎食雑炊です。温かいものを食べると体温が上がるからかホッとするから。

 

小さなこの充電器ははっきりいって電気代が減らないからあまり需要がなかった。旦那さんが接続しやすくセットにして身近な人に進めてたけど需要はかなり低かったけど、やっぱりここが始まりだなって思った。必要最低限がここにつまってる。

便利について考えるならば、必要最低限を経験してると気づきが広がる。

経験は自分自身の暮らしに浸透するから経験してみることにより、自分にとっての現実性、できることが見えてくる。

 

我が家な小さな電力使用節約だけど、ほんとうに必要なところに電力が渡ってくれることを祈って続けています。

 

やまぶどうをとりたくてきのぼりするだいちゃん。一年後にはもっとたくましくなるなあ。。

f:id:yurukkosae:20180916072542j:image

ここに来て、最寄りの学校まで、片道4キロの道のりになりました。住宅街を抜けて3キロ以上も1人の道のり、ただここ数年の変化として熊の痕跡が見られるようになったそうです。ここ数年、らしいけど、昔と比べてどんな変化があったのか、しらべてみようとおもっています。

 

長くなるので次回に続く。