夫婦関係向上カウンセリング。

旦那さんとしょっちゅう話をする我が家。

 

日頃のこととか今月の暮らし方でお互いに無理はないか、とか。これからの生き方とか、年末帰省のスケジュールとか。そうする中でお互いが得意なとこを自分の持ち場にして準備していくことが暗黙の了解になりました。

 

だから今回の旅も家族のに荷物準備はわたし、ビザ取り関係は旦那さん。

お互いに動いてくれるのだからぐちはナシ、必要なことは伝え合う。

 

でもね、お互いに気づかないこともある。

今はうまく調整できないこともある。少しずつしていこうと思うけど、今は解決方法が見えないこともある。

 

一昨日、旅のおやつをお願いしていたお友達のうちにうけとりにいったときのこと。

おやつと一緒にお茶まで用意してくれていて、旦那さんも共に上がらせてもらいました。

旦那さんはコーヒー、わたしはハーブティー

手作りのおやつとともに出してくれたお茶の美味しかったこと。

 

子どもたちはそこの娘ちゃんと仲良しだから一緒に楽しみわたし達は大人トークを楽しむ。

とても、とてもありがたいこんな関係。

わたしたちの日々の積み重ねはそんな家族ぐるみのお友達家族の支えもあってゆるぎなくなっていってることをじっかんします。

ありがとうね。

 

彼女とのお話は、自分の育ちや日々の暮らしにまで及ぶ。

片付けのまだ苦手なわたし。

片付かない家をだまって片付けようとしておこり顔になる旦那さん。

 

片付けはしたい。けれども一つ始めると次が気になって家中ひっくり返しちゃうし、使ったものを元に戻す習慣がなぜかない。(それに最近気がついたからここからまたスタートしてるけど。)申し訳ないけどわたしも年々、日々日々変わっていこうとしてるんだよー。すぐには難しいんだよー。

 

子どもたちにも個性があって大ちゃんはいつも遊びながら広がっていって片付けるのに苦労するタイプ、こゆはその都度丁寧に片付けてくれるタイプ。

 

頑張ってるのはわかるけど俺はこういう部屋にした中でパソコン作業したいんだよね。だからカフェいってくるわー。

 

と外に仕事に出かける日もしばしば。

自分のテリトリーでやればいいじゃん、そういいつつも、それで本人が納得するならそれも認めないとね、と送り出す。

台所は初めにビシッとしなくてもかたづかながらやればいいし、とおもうわたし。子どもたちのハラヘッタコールの方が気なるんだもの。初めにまずビシッとして作業場をもっと確保したいという旦那さん。

 

夕飯は疲れてしまうことがおおく、あさでもどーしてもやりたいことがある日は片付けは後回しになるわたしを受け入れてくれるとこもあるだんなさん。ありがたいけどね、ここで暮らしてる人は私たちだけじゃない。わたしやだいちゃんんkペースとは違ってちゃんと綺麗にしたいこゆもいる。彼女のきもちもあるから、わたしができない分、彼女に寄り添って欲しいよ、って旦那さんにお願い指定m酢。わたしも出来る限りやってるんだけど、今はどーもちゃんと寄り添えてない感じがする。こゆとだんなさんの遺伝子が近いから多分ここは旦那さんにお願いする方がいい。

 

そんなこんなな我が家の日常。

旦那さんとの感覚に違いから時々ぶつかることもある。

だけど怒りという感情と伝えたいことは違う。

丁寧に伝える努力は必要というお互いの認識があるから話し合いを重ねる。

 

そんな話にね、お茶しながらいたった。

お友達は旦那さんに近いタイプ。

食後はビシッと片付けたいそう。

わたしもそうできたらいいけどね、今はできてない。

 

でもそんなお友達から一言。

でもさ、わたしは片付けを絶対しなくちゃやなタイプだけどまあいいかって思えるゆるさも良くない??

 

そんな彼女はもう一つ、わたしの話を引っ張り出した。

いつだったかも、歩いて1時間でつくと思ったら2時間かかったっていってたでしょ。1時間って相当違うよね。それでいいって思えるなんていいじゃん!!

それに対し旦那さんがいう。

バスの時刻も調べず出かけるんだよー。もうしんじられないんだけど、それが彼女の文化らしくて今でもびっくりする。

 

えー!すごい。わたしは勿体無いって思うけどいいんでしょ??そんなにのんびりって特技じゃない?

 

そんな風に思ったことなかった。それが自分の日々だから考えたこともなかったしむしろこの点に関しては家族にごめんね、って思ってきたからその見方にわたしはびっくりした。

 

人の顔色を気にしまくったり、人の声が気になってねれなかったり、神経質傾向だと思ってきたけどそうでもないらしい。

 

ついでにお友達は旦那さんの良さも引っ張り出してくれた。

それでぱーさん(旦那さんのニックネーム、笑)も文句言ったり、怒鳴ったりしないんでしょ。すごいよね。優しいよね。そんな表現できるっていいじゃん。特技でしょ。

 

そのお友達家族といると、生き方やあることについての見方、家族で目指す方向とか思考の話になって行く。だからね、おもしろい。その考え方いいね、って気づきをもらったり、癒しあったり励ましあったり、きづいたらなってる。

 

この日、帰ってきておもったこと。

やっぱり夫婦お互いに気持ちよく過ごすことが必要だよな。

旦那さんへの気遣い方をもう少し変えてみようかな。無理しすぎなくてももっと自分にできることがあるかもしれない。

で、ああ、自分は神経質だと思ってた部分があった。けど、そうかー、ゆるさとこどもらしさもあったんだな。

 

お友達の言ってくれたことでまた新たな発見ができました。

こうして夫婦関係をまた育てていく。

そんな日常を持てること、そんな友人がいてくれることに感謝して止みません。

 

旅記録。写真ないけど前泊したホテルでの朝食。

こゆのアレルギー対策、ゆきひかりがベストなのでご飯持参でホテルのおかずをいただきました、納豆、サラダのトマトとブロッコリー、おみかん。ふかしたお芋に粉チーズかけて。ミルクアレルギーはセーフだったので本人の希望でちょっとだけミルク。

これで本人満足でした。心の満足も大事。バイキングに感謝の朝ごはん。これからどうなるかな。

 

 

 

Are you happy?

人生はきっと、成功も失敗もないのかもしれない。

 

自分が経験したことは全て自分になる。

1つ1つが自分であり、その経験によりきづきがうまれる。

最近ふと自分の中に失敗という言葉がないことに気がついた。

 

苦しいこと、悲しいことでさえ、経験するしかなかったことなのだろうとおもう。

幼い頃の苦しみから、わたしには今でも苦しみを超えるための苦しみがやってくる。

けれどもね、ここを超えたら、超えられる自分を知ったら少し楽になる。

超えられる自分がいることを腹の底で知っているという力は強い。

 

そうしてね、自分の短所が自分で受け入れられるということ。

その時のベストを尽くしてできなければ仕方がない。できなかったという経験が必要だったのだろう。

できなかった、ごめんなさい、と伝えることも必要だったのだろう。

その時の自分のままの表現でいていいのだとおもう。

ただ一つ、自分に誠意を持つことだけは忘れないということだけもっていたらいい。

自分のベストを尽くしてつみかさねる。

 

結果は残らなくても、結果に至るまでの道のりを経験したことで次の時はまた違う方法が生み出せる。

 

その時の最大限の優しさと努力をつくすこと。

自分に対しても優しさと努力。

そうして通過した経験は失敗ではないよね。

 

わたしは我が子を謙遜できなくなった。

彼らは自分に誠意をもって今のベストを尽くしているから。

Happyに向かってる生きている大きな存在だからわたしは彼らから感じてまなぶ。

自分を否定することはなくなった今のわたし。

今は自分を謙遜しないような生き方に向かっていきたいと思う。

 

ただ自分に嘘をつかずに生きて行くだけ。

 

それを教えてくれた大人もいる。サハイナンのサンドットさん。

毎日毎日、わたしにあうたびにAre you happy?と声をかけてくれる。

 

わたしは意識の上でも意識の下でもそれを感じ考え続けていたらしい。

今のわたしはHappyに向かってる日々がある。

かくじつに向かっている日々の中で私は経験を積み重ねるしかないから、失敗はないのだろうなと思う。

 

彼が毎日わたしに問いかけてくれたその言葉はわたしのからだのしみわたって、いつも顔を出す言葉になった。そうしてね、今度は自分から染み出すのだろうな。

 

自分を押さえつけていた幼い頃。

自分をなくして幸せには出会えないことを人一倍体験してきたと感じられるようになった。

辛かった経験は母のせいではない。自分の感覚を呼び戻すための通過点だったんだよね、きっと。自分がいつかどこかでそれを越えようと決めていたことなのかもしれないし、神様から与えられたものなのかもしれない。少なくとも、母のせいではないんだって気づいてびっくりした。

 

自分にもう嘘はつかない。

今はできないこと、は今はできない。

自分に無理をせずにやりたいこと、できることをやってゆく。

自分に優しさを。必要な時には努力を。

 

やりたいと思ったことをやってみたら、やりたいことじゃなかったと気づくことがある。

もっと優先順位が高かったことがあったということにきづくこともある。

例えば、わたしは自分のやりたいことをやり通したためにこどもたちにふたんがかかり、あきらめて子供を優先にしてみたら、彼らの満足感が嬉しくて、今は自分のやりたいことは子供に寄り添うことだったということに気がついたことがある。あの時はじぶんのやりたいことを諦めたけど、今は考える方向が変わり、諦めたのではなく、今本当に自分がやりたいことを優先しただけ、とおもってる。

 

じぶんのやりたいことができないときも、幸せだなっておもう。時間が経って我が子があの時は楽しかったって言ってくれた時は身体中が嬉しくなる。

 

今のわたしにとっての幸せはなんだろう、丁寧に考える習慣が大人になったわたしを育ててくれてます。子供のころにこの直感を大切にできなかったから、わたしには鈍ったこの感覚だけど、いま少しずつ育っていってます。これからもずっとこの感覚を研ぎ澄ませ育てて行きたい。

 

サンドットさんの言葉が、どんな時のわたしも成長させてくれています。

こどもといるとき、だんなさんともめたとき、自分がもどかしさでイライラしている時。

マイナスに陥った自分を支え、どんな時も自分の感覚次第なのだと育ててくれています。

だから人生無駄なし、失敗なし。

 

今日のあたしは幸せだったかな?明日のあたしは幸せかな?

雪灯りに反射する月明かりに、タイでの水シャワーで冷えた身体が太陽に当たってあったまる温もりに、子どもたちが今日も楽しいって言ってくれるその笑顔に、笑いながらビール飲んでる旦那さんに、一つでも多く幸せを感じられる自分になれるよう、生きて行きたいな。

 

幸せはきっと自分次第。

苦しみを超えてこれを感じられたこと、母が超えられなかった苦しみを超えられたのは母の苦しみをみてきたからなのかもしれません。母が人生を持って教えてくれたこと。

一つずつ母を受け入れられるようになり、かんしゃできるようになった自分がすなおに嬉しい。

 

きっと普通とは違う感謝のしかた。けれども親を受け入れられることがもっと自分を受け入れられるようになる通過点。

これもいまのわたしのひとつのhappyです。

いつか母に伝えられる日が来たら、きっと心を込めてありがとうと伝えられる。

それが母が苦しみから抜け出せるきっかけになるかもしれない。

 

ふっと思いついたけど、自分が幸せであることは誰かを幸せにする、のかもしれません。

 

おかあさん、精一杯いきてくれてありがとう。27年寄り添ったその姿からわたしは気づきをたくさんもらいました。お母さん自身も幼いころ外に預けられて以来、愛すること、愛されることがわからなくなった。そうして人と争い、自分で自分を守りながらの生きて来たその苦しみをわたしは少しずつ理解できるようになりました。お母さんはおばあちゃんに自分だけかわいがってもらってないから恨んでいるって言っていたものね。おばあちゃんも親戚のおばちゃんも外に預けられた年が母だけ幼かったことを除いては、同じように育ってきたっていっていたから、きっとそうなのだと思います。でも、おばあちゃんを恨み続けていたこと、これがこの苦しみの源だったのだと思うよ、育てられたように育てる、わたしも預けられるということ以外は同じように育ててもらってきたようにおもいます。24時間大人に気を使い、自分は元気と装い、誰に頼ろうとも思わず大人になったひとは、自分を認められずに、自分も相手も攻め続ける。緊張感から小さな喜びを見つけられなくなってる。その苦しみを今は一番に理解してるんじゃないかとおもいます。。お母さんと話が噛み合わないことを諦め、自分に蓋をし、ただただ母の話を聞いてきたともにくらしていたころ。いつのころからか、母を否定したくないがために、母に否定してほしくないがために、自分の感覚を捨てるようになっていました。たぶん、お母さんもそうだったのだろうと想像してる。

 

でも、この歳になって一つちがうこと。わたしは母を恨むのをやめられる方法をみつけたこと。そこに気づき、向き合って超えたことで、今のわたしは自分の生き方は自分で描いていけることを知ってる。おかあさんはそれができなかった、そんな自分の苦しみとむきあうために、自分のかなしい気持ちを表現させてくれる人に出会えなかったのだとおもいます。自分一人では抜け出すことのできない悲しみにあふれたくるしみ。楽しそうに笑い声をあげたことのないお母さんに対し、何故だろうって思っていた答えがようやく見えた気がします。。そんなお母さんが、自分の知ってる全てを使って私たちを育ててくれたこともいまようやっと理解できるようになりました。お母さんは幸せを感じたことなんて一度もないと言っていたけれど、お母さんの子供として生まれ、お母さんに幸せになってもらいたくて寄り添って来たわたしの人生は、お母さんが超えられなかった渦を超える方法をやっとみつけることができました。わたしの人生かけて見つけている方法をいつか伝えられる日はくるのでしょうか。わたしは今でもまだお母さんの幸せを祈っているのかも、しれません。

わたしが授かった我が子のように。

 

ちょっと詩人みたいになっちゃったけど、こうして自分の思いを整理しながらわたしは人生を生きていこうとしてる、それを自分で感じています。

いつもこんなことばっか感じて時には考えてるわたしは少し変わってる、笑。

でも人それぞれ、経験や自分の生きて来た道から大切にしたかったり向き合おうとしていくものがある。これがわたしに特性であり、生きる道。

せっかくいただいた生をHappyでいきていたいから。

それに気づかせてもらったこの6年。自分が生きるのが年々楽になり、自分の周りにいてくださる人が変わって行ってる。自分らしくありたいと自分に願うようにかぞくにも自分らしくいきてほしいとねがっています。そのために相手を理解し受け入れるという自分の器を育てる作業があって、わたしにとってとっても大変なことではあるのだけれどもね。

 

今日もできる限りhappyにいこう。

今日は飛行機に乗りタイにむかいます。

たのしもーっと。

 

 むすこのおともだちであり、わたしにとって大切なお友達であり、可愛い娘のような女の子が書いてくれたわたしたちかぞくの絵。

優しい表情に優しいタッチで描かれたその絵から、彼女の思いがぐっと伝わってとっても嬉しかったな。

息子の友人が私たち家族にとって大切な存在であることが嬉しいなと思います。健やかにhappyに日々をいきていってくれますように。わたしたちの中の優しさがそれを祈っています。

大切に飾っておこう。嬉しいなあ。

f:id:yurukkosae:20190117201150j:image

じぶんの感性と気づき。

今年のタイは4度目の旅。

 

今年のはわたしはなにを感じられる人になってるのだろう。

 

日本で積み重ねる日々もそれは同じ。

けれども周りにいる人が変わると新たな気づきがある。

だから行ってみないとわからない。行く時と帰るときは何か違う新しいことが自分の中で育ち始めてる。

それはわたしにとって、旅に出るという節目があることで感じやすくなる。

 

さっきね、ふっとかんじてた。

我が子と暮らすようになってからのわたしは、自分の育ちとの向き合いだった。

幼い頃から親を肯定するために自分の思いを封じ込めてきたつらさも、思春期を過ぎてどこかで親を恨み続けてきた辛さも我が子の引き継ぎたくなかった。

自分のうちの帰ることを辛いと思って欲しくなかった。

 

1つずつ、整理して自分の中に受け入れられるようになってきた。

で、今の心地よさの中に、自分が幼い頃感じてこなかったことがたくさん含まれてることに気がついた。

 

わたしがこの村に行くこと。

この村の人の無邪気な笑顔に触れること。

 

ああ、わたし、こういう風にしたかったんだなあっておもう。

家族のことを考えることで日々が過ぎ、無邪気な気持ちで過ごすことはなかった。

きゃーって楽しむこともなかった。

ただ今日も一日どうか両親の心の地雷が爆発しないように祈りながらだったから。

 

このなんとも言えない無邪気さに、わたしは幼い頃できなかった経験を重ねているのだと思う。

今、わたしが日本で暮らしてる中ではできないこの感じを味わうためにわたしはここにきてる。

ライフラインのない暮らしの経験とともに、わたしは自分を満たすために日々を積み重ねてるのだってふときづいた。

 

家族だけでの旅路でみんなで支え合う心地よさを味わい、その間だけは日常からちょっと離れて、家事から離れて、一緒に楽しむことを味わう。

 

村についてサンドットさんに今年もあって、今日もハッピーかい?って聞かれて、ハッピーだぜ!!って答えてゲラゲラ笑う。私たちを始め、おとづれた若者に対する彼の優しさにわたしはたくさんの愛をあじわう。

 

コミュニティをおとづれた若者たちが子供達にくれる優しさと愛に、胸がきゅっとなる。

 

ああ、自分がこう生きたいとおもっていたことがかなっていたことに、今朝ふと気がつきました。

石川先生、よしえさーん、わたしびっくりしてます。

もう叶っていたんだ。。

 

こどものころにえがいていた夢を今、ここで叶えてた。

そして、今、自分の辛かったことを引き継ぎたくないし、旦那さんも大切にしたいと思ってそれに向かってます。

時々、自分が背負ってきたことの重さに、自分がそれに飲み込まれないかしんぱいになっていたけど、きっと大丈夫。

今朝の気づきに勇気をもらった気がします。きっと大丈夫。

 

今わたしは人生を味わってるのだと気づきました。

色々あるけど、自分を抑えて生きてきた頃よりずっとよくて、自分の感覚で味わって積み重ねて、経験して、成長して生きたいと思う。

 

タイに行ったわたしはなにを味わっているんでしょう。

それがわからないから楽しく大きな自分の可能性をひめてるのかもしれません。

 

自分の今を大切に、家族との時間を大切に、今日も明日も積み重ねていこう。

 

昨日は寒い寒い一日。

昨日も五郎さんのうちにお風呂を借りに行きました。

帰り道、いつもはナイターの光が雪に反射し赤く照らされた雪雲の広がる空を眺めながら、凍りそうなタオルを首に下げて帰ってくるのだけどね。

昨日は三日月の月明かりがエコ村を照らし、ふと、今日は雪雲がないことにきづく。月明かりが雪に反射し、ライトをつけるのがもったいない神秘さを感じ、あるいていたらね。月明かりに雪の結晶が反射しあちこちでキラキラ、キラキラ輝いているのです。

この寒さとお月様と、静けさと、景色の滅多にない神秘の世界。

こころがわあーっと嬉しくなる。

この豊かさの中に日常があることを感謝せずにはおれません。

「きっと妖精だよ」

ティンカーベルの好きな娘の可愛い思い。

 

これも私たちがずっと願ってきたことなのかも、しれません。

自然は、すごいなあ。

写真、撮りたかったけど難しい。

いつかは一眼レフに。

 

 

 

 

 

 

三年味噌!うまい!!!

うちでしこんだおみそ。

一年だってカビが出るから成功したことなくて去年初めて2年熟成に成功。

 

美味しかった。

んでほとんど食べちゃったけど1キロくらい残してもう一年置いてみた。

 

でもね、そんなに期待せずにいて、そろそろ食べちゃうかなって思って今朝開けたらめちゃめちゃうまい。

f:id:yurukkosae:20190112100151j:image

味見する子どもたちの手、笑。

 

八丁味噌のような色ですごくこくとあまみがあってこれ、感動もの。

家族で味見したらこゆがハマってお味噌ご飯お代わりたくさん。

f:id:yurukkosae:20190112100141j:image

 

 きょうは1日カレー。

かぼちゃ丸ごととキャベツとごぼうさんと玉ねぎ。

ルーカレーみたいのをたべたいというこゆのリクエストで、たまにはと思って野菜をミキサーにかけてとろりんにしてみた。

f:id:yurukkosae:20190112100322j:image

うちのカレーはその時にあるものを使ってカレー粉でつくる。

オーガニックを使ってるから価格を抑えたくて3つの基本のスパイスだけでつくる。

味付けは塩、醤油、みそ。

でも先月からこゆがお醤油たべれないので、ちょっと物足りなかった。

 

八丁味噌のように隠し味で三年味噌を使ったら格段に美味しくなった。

市販のルーはお砂糖と脂で満足感を出す。

大抵のルーは動物油脂が原材料の一位をしめ、ごほんゆびいないに砂糖が入る。

外のインドカレーをたべても子どもようの甘口にするために砂糖を入れるだけってとこも結構ある。。。。

 

甘みはかぼちゃでつくる。

でもお肉を入れないことの方がおおいから脂が入らない分、コクが欲しいなと思っていたから、三年味噌が大活躍。

そのうち講座でもするかなー。

凄くいい調味料だと思います。

感動したので覚書^_^

 

 

 

 

自分が自分らしく生きるために

自分の生きてきた道を振り返る。

わたしの自分らしさがどこを見つめることで蘇ってくるのかが見えてきた気がします。

そういう作業ができる人様とのおつきあいをしていけたら生きることが豊かになる、そんな気がします。

だからわたしは、子どもたちと幼稚園にいく。家族とすごす。

どこかの自己啓発の講座にいくより、この毎日することの積み重ねがわたしに気づいて変わって行くことを習慣づけてくれるのです。

楽しいことと苦しいこと、うれしいこととかなしいこと。感情はもっと複雑で繊細です。でも苦しいこともひとつ超えたら、超えられた自分が好きになる。そしてそこのところでもうくるしまない。

そう気づいた妻にしてもらって12年目、母にしてもらって9年目。

 

 

わたしにとって自分の課題を超えていくために必要な大きな作業。

自分が母にならなければきっとしなかったであろうこと。

 

我が子といると、自分の育ちの課題にぶつかるから。

わたしはなぜこんな胃可愛い我が子にイライラしてしまうのだろう。まだこんなに小さいのに。

なぜ子どもの寝顔を見て毎晩反省してるんだろう。

我が子が私を悩ませるような行動をするのはなぜだろう。

 

ここから始まったわたしの問いは、今は、いろんな場面でわたしに課題を投げかける。

なぜあの人のこの言葉が引っかかるのか。誰かのあの行動が気になるのか。

こういうときにいつもイライラするのは自分がこういう場面で不安な気持ちになるからだ。なぜそんな気持ちになるのか。

 

なぜ自分にたいしてもどかしくなるのか。

自分は今なぜこういう表現をするのか。

楽しい時間は嬉しい。怒りの表現も自分の一つであり、いいのだけど、わたしは今、怒りの時間を減らしたいと思ってる。そう思ったり、そうかんじたりするじぶんのこころとどうむきあっていきたいのだろう。

まだまだ抜けない自分の外からの目を機にする気持ちとどう向き合っていこうとしているのだろう。

自分が今、めのまえがおもいどおりにいかないとき、それをどう自分の中に消化して生きたいのだろう。

どんな人として生き、どんな光を持つ人として自分は今、そしてこれからを生きたいのだろう。

 

自分がいつも消えたいとおもっていたきもちは、我が子に出会い、わたしに課題をきれた。

こんな気持ちで我が子といていいのか。

わたしといることが、この子に対しどんな影響を与えるのか。

 

そう思ったときに、自分の育ちを思い出した。

それとね、我が子が泣き続けるときに不安になる自分が嫌だった。どうしようもない不安は我が子が大きくないるにつれ、怒りにもなっていった。

わたしなんでこんなに怒ってんだろ。寝顔にいつもあやまってね。

 

そりゃそうだよね。

自分も必死で疲れてるのもある。

けれど疲れてるなんていっちゃいけないという思い込みもあった。

母たるものおおきくならないとと。

 

んである日、気がついた。

わたし、自分がされてきたことが染み付いていて、記憶にないことも身体が覚えている。

してもらってきたように育ててる。

4歳の長男を投げ飛ばして、はっとした。

わたし、やばいわ。

一番したくなかったことしてる。

 

両親を思い出し、自分の育ちを一つずつ思い出し始めた。

今でもわずかしか覚えていない。

きっとおぼえていたくなかったんだなあとおもう。

けれどもここと向き合わないと、この課題は超えられない。

 

毎日毎日、こどもとすごしつつ、整理していった。

一人では無理だった。

多分大家族の時代はこのところは良かったのかもしれない。

誰かがその子を大事にしてくれてる。おばあちゃんとかおじいちゃんとか、お母さんのうちもあるし、お父ちゃんのうちもあるでしょう。今でも近所のおばあちゃんが大好きな子もいると思います。

 

ありがたいときに、わたしがこの課題を超えるときにそばにいてくれた人がいた。

旦那さんが育休を取ってくれたから。

そしてね、家族丸ごと受け入れてくれた場所があった。

そこで子どもたちが安心を取り戻していった。

 

もちろん、旦那さんがいてくれたことが一番大きくて、子どもたちはうちにいることに不安を持たなくて済んだ。うちの二人目は、今その繊細さを言葉で表現するようになり、わたしがイライラしそうな日に旦那さんが出かける予定だと、「サッ子、イライラしたら怖いから行かないでよー。」という。ああ、そうだよね。大分対等な関係になったわたしと我が子だけど、母ちゃんの爆発は、冗談通じないで起こり続けるからこわいらしい。はい、反省。旦那さんの時は大ちゃんが男子ジョークでおバカなことをいうのに笑って終わる。

子どもの繊細さに改めてハッとする。怒りの表現は嫌な気持ちになるよね。まして母親だからちいさな子どもには逃げる術もない。

ごめんね、わたしも切り替え上手にならないとね。

 

でも、こういう風に表現できるようになったのだからよかったのかもしれない。

 

「はい、怒る感情と伝えたいことは違うもんね。今日はおこらないようで伝えられるように頑張ります。ごめんね!!」そう、答えては自分にその言葉を染み込ませてます。

 

初めは我が子との関係を改善するために始めた育ちとの向き合いは今はいろんな場面でつかう。

旦那さんとぶつかりそうになった時、だんなさんはなんでそうおもったのかな?と彼の過去も想像しながら考える。

誰かの行為が気になった時もそう。なぜその人がそういう行為をするのかを想像した上で、自分がなぜそれが気になるのかを考える。

 

そうして相手の抱えた問題と自分に与えられた課題を整理し、相手へのイライラや、戸惑いに対する自分の気持ちを整理して行く。

怒っていても仕方ない。愚痴っていても仕方ない。ただその人がなぜそういう行為をするのかを自分の中で整理したり、疑問を聞いてみたりしながら目の前を受け入れていく方が自分が楽だものね。

 

自分が楽になるために、もう少し成長するためにわたしは27歳まで受け入れられなかった自分の育ちとむきあってゆく。

両親もそう、きっと自分の人生の中で受け入れたくないことだらけだったのかもしれない。そこによりそってくれるひとにであえなかったかもしれない。

自分の過去に辛さを抱えた母がわたしにしてきたこととしてきてくれたこと。わたしの言葉を受け入れてもらえたことはほとんどなかったけれど、母が語ったたった一つに自分の昔話から(自分の昔の話をしたことのない母だったから。)、親戚のおばちゃんにわたし自身で聞いて調べたこと。

わたしが自分で母を恨むのではなく理解しようと思って取った行動だという自分自身の自分への賞賛とともに今は以前よりずっと母の現状を受け入れられるようになった。

 

そうして平和を自分で得て行く心地よさを行動を持って体験できた。

母の人生を持って教えてくれた大きなことは、わたしが平和に生きて生きたいなら、自分の心で平和を作り出していきなさい、だったのかもしれません。

 

自分の過去と向き合うのは難しい。そういうことを夫婦でできることがありがたい。毎日の過去を聞いてもらってうことで自分がどうしてこうなったのかをかいまみていった。自分と向き合い調整して行く。おたがいを理解しながら積み重ねて行く家族の時間。いつもありがとうね。そして私たち家族を支えてくれる園長たちと、五郎さんご家族に。こうして支えてもらえるから自分の辛かった過去を整理していけるのだと思います。そうじゃなかったら今頃、うつのくすりのんでたわー。自分の現状を受け入れられずに。

 

家族で心から笑える日々が幸せです。

いろいろあるけれど、苦しみをどう超えるか、どう楽しく生きて行くかは自分次第。

わたしなんて、じゃない。自分に誠意を持てる今はありがたい日々だなって思います。

 

昨日は大雪。20センチいじょうあったとおもうー。

ニワトリ小屋が開かなくて大ちゃん大活躍。

これ、外玄関開ける途中です。

f:id:yurukkosae:20190112074855j:image

この雪の暑さから見た外の世界。

f:id:yurukkosae:20190112074932j:image

最近の大ちゃんはパパがいない時も大きなすけっとです。

調理器の調子が悪くて困っていた時も分解して直してしまうし、薪ストーブもいい状態でキープしてくれてるし、ニワトリ小屋のコンクリが寒さで上がってしまった時もバーナーで上手に焼きとかして、扉を開ける。本当にすごいなあと尊敬してます。ありがとう。

重いけど軽くした話。自分の育ちと自己肯定感。

わたしの幼い頃のことで覚えてることは、辛かったことをいくつか。

楽しかった記憶はほとんどなくて、結婚して旦那さんが4歳から記憶を持ってることにびっくりしたことがある。

それも楽しかったことがたくさん。

自分の当たり前と彼に当たり前の違いに顎が外れそうなくらいびっくりしたのを今でも忘れない。

彼はたくさんの記憶があるのが当たり前だった。なんで覚えてないの?って聞かれるけど覚えてないものは覚えてなくてその理由なんてかんがえたことはなかった。

 

友達とコミュニケーションがしぜんにとれなくて遊べない休み時間、消えてしまいたかった。

わたしなんかいなくていい、我が家で一番手のかからない子をキープすることに全力注ぐ裏で、自分のことに目を向けるよゆうがなかった。

 

親に心配かけたくないから誰にも自分の悩みは話さず、抱え込むのが習慣になった。

うちに帰るたびの両親の喧嘩に、小学生の時から帰宅拒否の気持ちをかなり強く押しとどめてきたのでうちに帰ったら休まるという感覚を知らないのが当たり前だった。

ただ物心ついた時からの思いが習慣になり、母の気持ちを荒立てないことが家族全員の暗黙の了解。

 

自分はどこへいっても影を隠してる方が、傷つくこともない、悩みも少なくて済む、そつなくこなしてるようで親は喜ぶと思ってた。

 

それが自分を失う生き方だったとわかった、我が子の育ちとともに整理して6年の今。

 

親を恨んだこともあるし、今でも、自分の思いがうまくいかないもどかしさにぶつかる時もある。けれども、親もそう育ってきており、彼らもそう育てるしかわからなかったから仕方ないよね、って思えるようになった。親はわたしの気持ちに心を傾ける余裕がなかったのだけど、わたしも話を聞いてもことを諦めなければもう少し違った家族のかたちだったかもしれない。そう思えるようにもなった。

 

不運なことに、存在否定を自分でしてきてしまった時間がながかった、自分の問題でもあるってね。けれども、どこかでそんなわたしの気持ちを汲んでくれる大人に一人で会えていたら、自分で自分を責めこむことは避けられたかもしれない。

 

我が家が大好き。

昨日家族でお笑い見てみんなゲラゲラわらっててたのしかったわー。

うちのおかん、誕生日にくす玉作るんだよー(呆れ笑い)。

 

っていう友達かぞくに憧れつつ、自分のかぞくの当たり前が前提だから家族の心地よさも知らなかった。

大きくなって自己不信に悩んだ。どの程度の関わり方をしたら相手は傷つくのかわからず、自分が怖くなったりもした。のちに、免許取ったのに車が運転できない理由はそこにあったことに気づきました。死角が怖くて、なんども死角を見たり、小さな音で何かを引いたんじゃないか振り返る。そうせずにおれないその行為で、本当に危ない。。今でもくるまのうんてんはしてません。無理せずに必要な方に流れて行くだろうなと。でもそのおかげで必要以上に買い物しなくなったし、サクッといけるからって出かけてガソリン使わなくて済んでて今は、だんなさんよろこんでるけど、笑笑。

 

気づいたらおとなになってた。なんでわたしは自分が怖いんだろう、そう思うけど、考える糸口が見つからない。

家族一人一人が楽しく生きることを知らなかった。

私の母の、わたしは幸せになってことがない、って言葉は家族全員の浸透してしまったらしい。

それが自己肯定感のけつじょだったってことを知ったのはたった、6年前だった。

 

結婚してすこし変わり始めたよね。

旦那さんとその家族には感謝しています。

そんな自分が愛してもらえることを知った。

で、そこから開け始めたわたしの人生、子どもたちの通う幼稚園の園長の教えがすごかった。

 

わたしはここは自己肯定感が育つような場所にしようと努力してるんだ。

自己肯定感という言葉を初めて知ったこの場所。

そう、わたしが苦しんできた根本は自己肯定感がないことからくるものだった。

そしてその言葉はわたしの人生のキーワードになった。

 

園長はわたしに問いかけた。そしてこんな教えをくれた。

自分が幸せに生きているかをといつづけること。人間の生きる基礎にいつも立ち返ること。

そしてこういった。あなたの命はかけがえのないものだよと。ここでは自己肯定感を育むのは子どもだけではない。寄り添う母も、父も自分でもそれを育てる努力をすることを意識していく必要がある。赤ちゃんを見ると可愛いって思うけど、わたしもそうだったのだとここで知り、ハッとした。。自分も生命の神秘を通過して母のお腹に育まれ生まれ出た。そうして今も神秘の身体が動いてる。感じる心と考える頭、人を愛する心があるし、愛する心を持つことができる。

 

自分がどれだけかけがえのない存在かを自分で感じること。

そこから生まれてくる愛が周りにも波及して行くことをここで時間をかけて経験して感じてきた。

 

昨日改めてその勉強をしてね。自分のために記録することにしました。

一人の命の尊さ。

命と向き合うこと。

参加したみんなでシェアしながら感じたその時間。

 

自分が親に抱きしめてあいしてもらいたかった、思いは実は今でもあります。

けれどもここからわたしは歩き始め、両親なりに頑張っていたことを知り、旦那さんやその家族にただただ感謝でいっぱいになり、子どもたちと旦那さんの命に寄り添う覚悟を小さく小さくその都度、毎日のように決め、受け入れられることがだいぶ増えた。

今の家族がいつでも、わたしであることをハグしてくれ、愛してくれる分、もっと愛せる自分になろうと思う。

自分が今の自分であること、未熟な自分も抱きしめながらいまを経過して行くこと、でもどうして生きたいかを描き続けあるいてゆくことも常に心に置きながら。自分がどう生きていったら心地いいのかをいつも自分に問いかけています。続けてるからこれは習慣になりつつあり、自己肯定感を自分でも支えていけるようになった。自分の今が結構好きのなりました。反省の時は、そんな自分を受け入れることで苦しみを超え、楽しい気持ちを少しでも増やしたくて見方を変えて。自分の言動はあふれていくものだから、行為に気をつけ、習慣に変わって行くことを忘れずに。

 

つい、自分のいきることの整理に走っちゃうけど、今日は、生まれてきた神秘を忘れない、って自分に言いたかったんだっけ。家族も、出会う人たちも、そう。みんなかけがえない命。たまにみんなで神秘の映像を見て気持ちをシェアしあう。シェアしてともに感動した思いは言葉ではなく、感覚として自分の中に浸透して行くのだと、わたしはここでしっかりとかんじました。もちろん一人でかんじてぼんやりかんがえたい時もたくさんあるけれどもね。

 

みんな、お母さんのお腹で育まれ、誰かに愛され、誰かを愛してその人を支えながら生きて今がある。

その裏には多かれ少なかれ、それぞれが抱えた苦しみもある。そう思うとぐっと愛しくなる。優しい気持ちになれる。

 

自分が相手と対峙しそうになったとき、相手の背景を考えるようになった。

きっとわたしが想像できるのは爪の先にも及ばない。

相手がそう表現せざるを得なかった背景を考えると相手の怒りや捨て台詞にいかる気が失せる。

じぶんもそれにたいし表現することもときには必要だと思う。自分が伝えたいことをどう表現するのがベストかを考え、争わずにこれを受け流せる器を持てるようになりたいと思う。

それに後々に自分の経験不足に対し、相手がそうひょうげんしたのだとわかることもあってそこから得る自分への気づきもある。

自分が正しい、そう思い込みがちだったから気をつけながら今は過ごしています。正しいも正しくないもないこともおおいから。思いは習慣になって行く、ということがわかったから、今、身についてる自分の習慣も気づいた時から、見直して整理していかないとね。いらないものは捨てていく方がらくだし。

 

重かった自分の人生の経験、でもきっとみんなそうだろうなー。じゃあ、自分がその経験を自分の特性、経験値に変えていったらいいのかも。そう自分でつぶやいて見る。自己肯定感をもてるように変わりつつある自分がが家族とともに自分の今を支えてくれています。

 

相手への優しさと自分への誠意を持ち続けられるひとであれるように、日々自分も育って生きたいなとおもう。

 

ふんどしパンツ、増産しました。手頃価格のオーガニックコットンにしたら思ったより薄かったな。自分で試着したらさらっとしていて気持ちはいいから値段下げて置かせてもらうか、別生地にするか考え中です。

f:id:yurukkosae:20190111064237j:image

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帽子も完成。心と身体のと不調。

大ちゃんの帽子とわたしの帽子がなくて一番簡単な型紙で作成。

パターンレーベルさんのラップキャップ。

布はうちにあったデニムで。

接着芯もないしサイズテープもなかったからバイアスやら厚手の生地やらいりいろ盛り込んでようやっと完成。

f:id:yurukkosae:20190110055136j:image

ネット通販のむずいところ。

いいと思って買ったブロードの裏地がどうも明るすぎて紅白帽みたいになってるけど今回はヨシ。

f:id:yurukkosae:20190110055306j:image

 

これで作り物はよし。

 

寒さが胃にきてるので意識して身体を温めています。

いつも胸やけしやすいのはなんでだろー、冬になると特に食べ物を身体がうけつけづらくなるのはなぜだろーとおもっていましたが、お世話になってる先生が血液検査の結果を見ながら言ってくれて腑に落ちました。

 

神経の緊張がつよくなってるよ。

ずっと緊張していきてきたから、胃が緊張して働きづらくなってるからだよ。

冬の寒さも胃にこたえてる。

 

わたしは胃に負担がかかりやすいんですね。

今まで漢方に数年頼り、整体に頼り、病院に頼り。。。。

食べ物も変えた。

いろんなことをしてみたけど、身体の不調は大きくは変わらなかった。習慣に気づき、変えて行くことをしていなかったな。

冷え症の体を習慣変えずに温めるだけだった。自分の身体の辛さの本質を見ることを知らなかった。その不調はどこからきてるのか、心と体が繋がってる、ってことをベースに考えてきてなかった。

 

三年前の半分くらいに1日の食事量は落ちてるのに夜中に胸やけしてた。そりゃそうだよな。胃が動きづらいのだもの。食べながら漢方のんでどうにかなるものでもない。

そうして想像する。じっかんないけど、たぶん悲しくなったり、いらいらすると、すぐ胃がキュッとなるのだとおもう。こうして心が落ち込み過ぎるのをここで守ってくれてる。

自分を守るために、胃がいちばんおおくを引き受けてくれてるんだろうな。

 

生活習慣を自分で見つめ直す、自分の過去まで遡っていきてきた環境と合わせて振り返る。

 

食べ物も変えた。食べる量も食べ方も変えた。

日々の心の持ち方も、自分の見方も変えた。

もちろん外からは今でもずっとあっためてて、パーマカルチャーのみえはらずに今年はホッカイロにもお世話になる日も。

お裁縫好きだから肌着を自分で作ったゆるいものに変えた。ふんぱん愛用歴三年、笑。これ、冷えにも心がキュッとなりがちなストレスにもいいと思います。(実証)

自分の過去を振り返り、見つめなおす。あの過去はがいやだったけど、そうならざるを得ないことがあたんじゃないだろうか。それを今の自分が受け入れられたら手放せる。嫌だったけど仕方ないよね、って諦めて受け入れるというか。時間はかかってもね、それをしたらずっと楽になる。

毎日いろんなことがあるけど、今起きたこの嫌な出来事は、本当にわたしが思っていたといおりなのか、考えることも増えた。自分の思い込みで落ち込んでるだけで、周りはそう思ってなかったりする。

自分が嫌な思いを怒りにかえてるだけで、穏やかに相手に思いを伝えたら、そんな思いさせるつもりじゃなかったんだけどね。あなたが楽できるようにこう向きを変えただけなんだけど、、、といわれたりとか、たくさんある。

 

 

そうそう、娘が急に口のそばが荒れ出して、クリーム塗ってるけどひと月もなおってないこと。これも肌が荒れた、というより、内臓とか、身体の内部からきてるものだろうから、中からケアしてあげなきゃならないものだろうなと思って薬は必要だと今は判断しておらず、長い目でお付き合い中です。

手のひらにできた魚の目も。本人があまり辛がってないので多分ゆっくり向き合っていく必要があるんだろうな。

 

年は取ったけど、胃の不調もきっともっと楽になってゆくのだろうなあって思います。

年取った=不調は当たり前、そしてずっとそれにおつきあいして行く

ってわけでもないのかもしれません。そして不調はプロに直してもらうだけではない、日々積み重ねていける小さなことがあるってことも。朝一番の尿の様子で昨日の身体への負担度も想像(程度だけども、笑)出来るのが面白い。昨日はイライラしてたからこんな色なんだなーとかやっぱり食べすぎて身体さん、つかれてたね、とか。尿は血液からでてきたばっかりのものだもんね。

 

心と身体が繋がってる。それを本当に実感してる今日この頃。

 

身体は出来るだけ楽にいきていきたいから身体をどう考えておつきあいしていくか、まだまだ勉強していきたいな。