こったんのアレルギーのこととあれこれ。その3

アレルギーから始まる身体のあれこれを考えること、我が家の日常です。

 

あんまりにも夫婦でするもんだから、今や家族の会話。

大ちゃんはわたしの参加する勉強会にもついてきて5時間座って大人の話を聞いています。

 

ホームドクターの自然療法の勉強会。

結構難しいことなんだけど彼なりに理解してじぶんで今日からこれやってみようと思う、と実践してみるのです。

体調を崩す前から自分で日常にできるケアをし、いざ、体調を崩したら断食をする。

断食に関してはいろんな考えがあると思いますが、少なくとも大ちゃんには喘息の発作が治る、と言う目に見える成果を得てる。

子どもの頃から薬だけを頼らずに自分でできる方法をしっていく、その大きさと希望を大ちゃんを見て感じています。

 

そう思った時に、こったんのアレルギーですら、身体に余計なものを取り込まないという希望を感じています。そしてアレルギーであるということが、小さなうちから身体と向き合う訓練をさせてくれているのかもしれないと。

ホームドクターの言うように、彼女の身体はすぐにガラッとは変わらないと思います。それによりそうわたしの覚悟がここできまったしこれからの時代、アレルギー人口は増えて行くように思うので、選ぶ選択肢もふえ、小さなうちから向き合った分、しなやかに生きていけるんじゃないかと。シンプルな暮らしをした分、たくさんのものを欲する必要がなくなって行くから、彼女はきっと生きやすくなる。

 

札幌の山での暮らし、物にも食べ物にも執着せず、バックパック一つで数ヶ月を過ごす旅をしてきたこの暮らしが、きっと彼女の生きる道を支えてくれる、そう今は感じています。

 

なのでアレルギーであることも丁寧に家族で超えて行くことで、彼女はこれからも自分の身体を大事にしていってくれるのかな、と思いを馳せながら。私たちが親として寄り添えるわずかなこと、なのかもしれないな。

 

余談ですが、我が家のお世話になるクリニックでは自分の身体を大事にする=ご自愛くださいと教えてくれています。

自分を犠牲にする方が簡単だったわたしの生きてきた道、お母さんになってからは自分がするしかない、だと思っていました。辛くても自分がしなくちゃ、と。

 

でも大ちゃんはそんなわたしに、「辛くてイライラするんならお母さんだからって動く必要ないよ。頼んだらいいでしょう。」とここ数年言ってくれていました。今のわたしは辛い時はお願いします。

「母ちゃん辛いので寝かせてね。妹のことお願いしますね。夕飯は遊び次第でご飯だけ炊いてもらってもいいし、なんか作ってもいいしお任せするから。」

たいていわかったよーっていってくれます。先日も、バタンキューと寝たわたし、目がさめると頭の上で兄妹で野球をしていて盛り上がっていました。でもすぐそばで圧力鍋とお味噌汁を煮る、コトコトシュポシュポという音も。遊びの合間に暮らしの仕事を取り込んでくれたのでしょう。

 

もう一眠りすると、こんどはこちらデザートセットになります、とデザートを作ってデザートごっこ。一緒に食べれなくてごめんねっていうと、いいよ、楽しんでるー⭐️って返事。

自分たちの遊びにも手を抜かない、このたくましさに感謝と敬意。

 

彼らの時間を奪うことに後ろめたさがあったけど、日々は繋がっていて全ては積み重ね。家族の時間も積み重ね。元気な時にできることをして関係を積み重ねる。そして、辛い時はちゃんとお願いをする、それが我が家流だなって今は感じています。自分ができない分、理想も捨てて、彼らができることを自分で考えてしてくれるのを信じる。

 

それぞれの身体を思うことも積み重ね。お互いに思い合い、自分の体のことも思う。

お母さんだけが頑張らなくてもちゃんと回るんですね。そして感謝しているその分、元気な時は丁寧に関係を築こうと思う、いい循環をさせてもらっています。

 

自分にも優しく、人さんにも優しく。

ここ、サハイナンではオーナーさんとの会話であなたは今ハッピー?って聞くのが挨拶。

ハッピーな生き方ができる人間でありたいな。

 

かごにはいった2匹のチキンと笑、、久々の薪キッチン。

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まきの太さや量で火加減を調整しながら、作って行く。

この時間がわたしはやっぱり好きです。

さっぽろも夏だけでいいから薪調理にしたい、ってほんきでおもう。。

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こったんのアレルギーのこと。その2

アレルギーとともに旅に出る、第2弾。

 

そんなわけで旅に出てます。

言葉がたどたどしい分、目で見て気をつけていかなきゃならないけど、普通に人が暮らしてる場所なら市場もあるし、自分で調達する覚悟で移動してサハイナンへ。

 

ここでもいろんな人が作るので気をつけています。

食文化の違いもあるのでね。

 

そうそう、ここはオーガニックファームなこともあり、通常は長期保存によるカビが心配なゴマも少しいただいています。

摘みたてをいただくので様子を見て少しずつ。ほんとはゴマが大好きなこったん、うれしそうにほおばります。次はゴマ塩にしてあげるかな。日本ではすっかり食べなくなったゴマ、そのうちうちのはたけでめをだしてほしいなとまいとしまいてるけど、まだ成功至らず、笑。

 

バナナも完全自然栽培。

バナナに数値は下がったけど、南国フルーツ全体はNGなのでたくさんは食べれない。でもバナナケーキもよく出るので食べたいよね。日本では我が家全員、完全にストップにしてるので、ここにきたときのお楽しみ。ときどきはおっけー。きなりのバナナのうまいこと!

本日はココナッツミルクも入れてシナモンバナナケーキです。

 

そういえばのつぶやきといえば。我が家、日本で近所の山に住むおじいちゃんと週に一回、飲み会をします。

そのおじいちゃんが昔はアレルギーなんてなかったよなあ。といいます。

そのおじいちゃんたち、70歳を過ぎて2ヶ月以上も入院してるのに、ご自分の足で立って、機械を直せるくらいまでよくうごく。別のおじいちゃんも、大病してるのに、木を切り倒すとこから薪割りするし畑もするし。。すごい体力と精神力を目の当たりにしています

 

そんなおじいちゃんたちの1人が先日近くの田舎の病院に短期入院した時、そこには痴呆症といわれる方がたくさん送り込まれてるみたいで、急に大声出したりするから睡眠薬もらわんとねれなくて、まいってねえ、帰ってこれてよかったよ、なんて話してくれて、その後のうちの家族の会話。

化学物質についてよく夫婦の会話になるんだけども、この時は添加物の話のなった。

添加物や農薬などの化学物質が臓器に行けば身体の病気だし、脳に行けば痴呆などの脳に病気になるのかな?って。

昔はなかった病気が多いのはきっと微生物の変化や化学物質を取り込む量が増えてからだろうと想像していて、今、うちの山のおじいちゃんたちがこうして身体も頭も元気なのは余計なものを取り込めない子供時代があったからじゃないかって想像してます。そしてよく動いてた。むかしはいもとかぼちゃしかなくてな、まずいんだわ。すもももなると嬉しくてくってたけど、すっぱくて、甘いコクワなんかはうまかったなーって。白いご飯もなくて麦飯持ってくと、笑われるからコッペパンだけ買ってもっていってたな、って。

 

いまと糖質の量が全然違う。何キロも歩いて学校に行くし、水道ないから水汲みもしたり、運動量も全然違う。

友達と遅くまで遊んで帰った日は、兄弟が多いから食うもんないんだ。それで布団に入ると次の日腹減りすぎて、本当に起きれなくて、母ちゃんが重湯(お米は貴重だから)もってきてくれるんだわとか。

狐捕まえたなーとか、アライグマ捕まえて紐つけて歩いたなーとか、笑。(こちらはあそぶのすきなおじいちゃん、食べる用の肉ではないらしい)。トンボも羽と頭とって醤油つけて食うんだわ、って笑。

 

ウサギの肉もくったわー。わなにかけてな、でかくてよっこらしょってかついでかえるんだわー、とか。(こちらは食べるよう)

 

タイの暮らしでも村の人がすごく身体を使うのに、幼稚園児のお弁当くらいのご飯しか食べない。

それでも人は生きていけるらしい。でもお肉もお魚も食べる。そしてご飯を少し。

それで足りるんだ、と実感。

 

そんなこんなな暮らしを経験して思うこと。

 

多分、多分だけど、アレルギーが起こるのは一種の防衛反応みたいなもので、今の私たちは、いろんなものを食べてて、しかもその取り入れる量もおおくて、もういらないよーって身体からの発信なのかもしれない、と。

パンを食べアイスクリームを食べ、唐揚げを食べ、かつを食べ、パスタを食べグラタンを食べカレーを食べ。。。おやつもいただく。

 

多分容量オーバー。

しかも便利な時代に生まれたわたしは活動量が少ない。

身体より頭を使ってきた分、精神の緊張も強くて、その影響がわたしの場合は腸にきてる。だから便秘体質で、三年も整腸剤を飲んでるのに、わたしは未だ乳酸菌が身体の中でよく生かされていない。家族はみんないいのだけど、わたしは緊張体質で未だ腸の動きが弱いんだと思ってます。

 

それでももう便秘になることはほとんどないので確実に身体が変化してくれてるのでしょうね。

ゆっくり自分の心と身体のバランスごとれるのを待ちながら暮らしています。

 

わたしがそんな風に暮らしてきた分、娘と息子にアレルギーとして出たのかな、もちろん旦那さんの分もあるけどね。

そう捉えています。

なので娘のアレルギーに対して、娘だけでなく、家族の食事や生活を丸ごと変えて行くことを基本にしています。

なので、みんなでアレルギーやからだと心のことについてディスカスするのも日常のことです。

 

続く。

 

タイに遊びにきてくれた旦那さんのお友達。

娘ちゃんが和太鼓をする方だって聞いたので、和風女子をイメージしてまき玉を作りました。

喜んでくださってわたしが喜んでいたら、こんどはサハイナンに滞在するベルギーの女の子にお金を払うからわたしの服をリメイクして欲しいって言ってもらって、また夢に一つ、近づけて嬉しかったな。わたしの手縫い技術が低くて強度が落ちるので服の全体的な作り直しは、一旦はお断りしてたけどもポイントリメイクしてアジアテイスト入れてあげてみるかな。

好きな場所で自分の好きなことをする。そのことに費やすエネルギーによる想像力はとっても大きのかもしれない☺️

 

作ることが大好きだから旅先で表現したものを買ってもらって、お金に変えて行けたら嬉しいなと考えて。喜びをお金に変えて行く、今でも、わたしは自分の仕立てた服を買ってもらうことで実現し始めたけど、こんどは旅をしながらもそうできたらいいな。そんな夢のようなことを実現できるかなあ、したいなあ、してみよう。リトル バイ リトル。

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まき玉イヤリングも。

やっぱり日本の雰囲気は美しい。

わたしのイメージだけど、多分、日本人はこんな感じ嫌いじゃないんじゃないかな、って気がする

優しさと繊細さを持った日本も素敵な文化を持つ国だと改めて感じています。

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こったんのアレルギーのこと。

長女のこったんはたくさんのアレルギーを抱えています。

エビ、カニ、さけ、卵、大豆、小麦、南国果物、ごま、ミルク、ぴーなっつ、ねこ、、、、、、。

 

発覚して一年、うちでのしょくじは一気にシンプルになりました。

もちろん、外食も決まった場所でしかしなくなったのでほぼしないし、外で調達する時はお惣菜コーナーの白米と納豆、か焼き魚。枝豆もダメなのでレンチンでってわけにも行かないのでどこに行っても中食の時は大抵これ。

 

そんなわけでこちらにもアレルギーフードとおやつを持参です。

おやつはみんなで同じものを食べるのでちょっと多めに持参です。

まず、おやつ。

お友達にお願いして、毎年米粉のおやつを作ってもらってスペシャルのお楽しみとお守りにしています。米粉でお砂糖や卵をほとんど使ってないおやつって売ってないので、心を込めて作ってくれるそのおやつはわたしたちの道中を支えてくれます。

いつもありがとうね。

写真を撮れないまま移動になってしまったので、心に想いを納めていただきました。

 

それとこちらはエトセトラ。

バンコクについて買った食用ほおずきがタッパーにはいってます。それと大ちゃんが作ってくれた米飴のミントキャンデイ。

それからするめと甘栗と、イチヂクと、玄米せんべいと切り干し大根。切り干し大根も甘くてかみごたえがあるから結構おやつになるんです、笑。

残念ながら、多くのおやつは小麦粉と油とお砂糖が入ってるのNG。米粉のおやつって書いていながら原材料の1番に米粉が入ってるだけで、小麦も混ざってるのも多いし、わたしも市販のはお砂糖がザラザラと甘い感じがして食べなくなりました。

おやつにも、かるくご飯がわりにもなるのでおやつの食べ過ぎで文句を言うこともなし、笑。

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それと食事用に。

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玄米せんべい、穀物すーぷ、わかめの味噌汁。海藻サラダに切り昆布、かつおぶし、サバ缶、無添加の塩昆布、無添加のゆかり、糸寒天、梅干し、お味噌と塩麹、としお。

 

こちらはおかずは味の素を使ってるので、こゆは時々かくじつにエビが入ってないとわかってるものの時はたどたどしいタイ語で確認して、屋台で食べ、バランス見つつ、ホテルで白いご飯だけ買ってスープとゆかりでたべたり、糸寒天を入れて味噌汁作ったり、にしています。

 

塩麹に昆布を混ぜてきたのでこちらはサハイナンで卵以外のおかずがなかった時と移動中に市場で買った野菜をカットしてタッパーでつけこもうかと。今日のメニューが米粉麺と、うっかりの卵スープオンリーだったので(わたしは子守担当だったのでチェックしきれないこともあったりして。)、お茶用のお湯に塩麹とかつぶし入れればりっぱに料亭のお味、笑。だいちゃんまで、こゆはいいなあって結局おんなじアレルギー対応食たべてたくらいうまいらしい、笑。

 

日本でも鮭を握った手で握ってると思うので寿司屋は厳禁だし、肉を炒めた同じ鍋でエビを炒めてるとおもうのでこちらでも外食は気をつけています。確実にエビ、シャケ、卵、小麦を使ってない店はまずないので、持ち帰り専門店で最後に卵とピーナッツ乗せてくれるお店を選んだり。基本的に味の素使ってるらしいので、シンプルに市場で野菜を買うことも多いかな。アレルギーさんをもって外食の時は見えない部分が多いことを知りました。そして新たな経験を得ました。

 

玄米せんべいはおやつにも八穀スープ(コーンスープ味)に入れてリゾットにもなるので本人お気に入り。別に外食で無くても、うちではたべないものなのでご機嫌なのですー。

 

バックパック移動なので軽いのは必須。それを考え尽くして、こんなアレルギーしょくにしてます。

 

お世話になってるホームドクターにこったんはここを気をつけて行くことで、身体と心を守って行くのだろうからジャンクフード好きな人とは結婚できないねえなんていっていましたが、市販のものを容易に食べれなくても、自分でバランスを取れるようになってゆくのだろうなあと最近想像しています。大ちゃんは喘息になるのが嫌だからと、一年生くらいの時から自分で原材料表示を見て買い物をしてくるし、楽しみにしてるイベントの二週間前になったら、わたしがまあたまにだしいいんじゃない?っていったとしても絶対ジャンクは口にしないのでもう2年くらい、大ちゃんに食べ物のことでうるさく言ったことはありません。そして、そんな大ちゃんが何かを買う時、(おりょう好きなので)いつもこったんのたべれるものを原材料表示や農薬などのスーパーに並ぶまでのはいけいを想像して買ってきてくれる。山で暮らして、一つの野菜ができるまでの手間と、それを大量に作るための農薬や肥料の量をリアルに想像できるようになり、手間のかかった野菜がなぜ高いのかも実感としてわかってる。鹿のお肉をいただくこともあるので、臭みや油の感じもかんがえてて。スーパーに行くことでお肉、お魚、乳製品、加工品、いろんなとこに想像を広げて、相談してきます。最近では輸送にかかるエネルギーの話も含めてかぞくのわだい。こったんもそんな大ちゃんから影響を受けているとおもいます。

 

でも我が家全員、そんなこったんのおかげで揚げ物が続くことも、粉物が続くことも、ハレノヒご飯が続くこともなくなりました。

旬のものをシンプルに漬物、蒸し物、煮物でいただく。それが定番。

だから食事の量が全体的に減りました。やめられない止まらない、ものはないので。

そうして味覚と体が変わりつつあり、家族揃って身体が楽になった。多分、本来それほど、いろんなものを消化しきれないんだろなと想像しています。

 

スーパーにならぶ山のようなおやつ。時折大ちゃんに好きなもの選んでいいよ、って言っていたけれど、今は、でも咳出るの嫌だから、自分で作るおやつのざいりょう、かってもいい?ってきかれます。

先日はわたしと2人で出かけた先で、パフェ食べたいってお店に入って頼んだけれども半分で断念。寒いのと甘くてもたれるけど、もったいなくてどうしよう、、ってしきりに考えてましたが、「それで無理して気持ち悪くなって、身体と時間が勿体無いよ。」と声をかけると「そうだね、さっこちゃんが縫い物して貯めてるお金なのにごめんね。」と残してました。身体の変化とともに彼の優しさも感じさせてもらいました。そういう背景が想像できる豊かさ。文句の一つでも言いたい気持ちが吹っ飛び、自分で感じる経験が全てだなあとわたしもすこしせいちょうさせてもらって。

そんな彼は、「目が欲しくなっちゃったけど、つぎはミニパフェにする。」とさいごにひとこと。

そうだね。そうして自分がしたいことと、今の自分ができることの差をかんじていく。わたしが子供の頃は、周りのスピードについて行くのに必死でそんなことしてこなかったなあともかんじています。

 

自分で感じる経験が全てだなあって感じながら、家族全員で食べ物について感じ学んでいることをここでまた実感しました。

大ちゃんの喘息がなければ、お砂糖がと油とを断つ、暮らしをしなかった。

こったんのアレルギーがなければ、日々の食事をまるごとシンプルにするっていう大改革がなかった。

 

アレルギーはかわいそう、大変だ、って感覚しかなかったけどそうでもないな、ってさいきんおもってます。

つづく。。

 

 

 

 

家族で旅をする。

今年もライフラインのない暮らしを。

 

というわけでタイの山奥にやってきました。

今年は行かない予定だったけど、やっぱりここが好きだなあ。

 

タイ暮らしのために仕込んだ服。

娘とお揃いのタイ柄スカート。

6枚の生地をはぎ合わせて着物地と合わせて親子お揃いで縫いました。

少し丈長が大きくなった娘に似合ってる。

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もう一つ。いただいたオバチャマ生地でサルエルパンツ。ニットの落ち感が可愛くて、最近体調悪くて老け顔だったけどここできたらおばちゃんじゃなくなりました。キャミとあわせてきましょ。

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移動中に作ったまき玉イヤリング。

私ようはりんごちゃん。娘ようはぶどうをお姫様のイメージで。

可愛くできて気に入ってます。

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子供達は家族で旅をする感じが好き、って言ってくれていて、家族で思いが共通であることが嬉しい。

移動は子供達に合わせてゆっくり。

プチ引越しになるので、当日まで荷物のことを考えてしまい、飛行機に慌てて乗ることのないように、空港の近くに前泊をするのが我が家スタイル。

移動中に行くつか滞在するホテルのうち、やっぱり日本はビジネスホテルでさえ、トップクラス。ウエルカムドリンクや大きなお風呂で楽しんで飛行機に乗ります。

 

飛行機にはこどもたちそれぞれ、好きなものを一つ持ち込んで。

飛行機に乗るまで楽しみにしまっておいて開ける喜びでどうにか8時間を過ごします。

時々昼寝しておやつ食べて、バンコクに着くのは大抵夜。

 

スーツケースじゃないのでホテルまでは大抵歩いて移動。

バックパックに収まるだけしか持ってこない鉄則を数年貫き通し、今年は10キロ以下まで荷物が減ってました。荷物がないと掃除もいらない、物もなくならない。

荷物が最低限の暮らしをここでしっかり身につけています。

 

そうしてバンコクのホテルで長旅の疲れを癒し、今度は12時間のバス。

バンコクは遊ぶとこが無くてユーチューブをみてたこどもたちですが、こんなこともここでしかないので結構楽しみました。

想定外の初日のマッサージイスでのもみ返しによりわたしだけ背中の激痛とともにバス泊は辛すぎたけど、気候の暖かさで3日ほどで回復。

 

やっぱり旅はいい。一緒に困難を乗り越え、家族との関係をぐっと感じる時間を毎年感じますー。

 

 

 

 

 

私の天職。

今週頭から橋本病のだるさが出て、午前中だけちょっと無理して、娘のお楽しみごとにおつきあいし、午後から「すみません。母ちゃんは辛いのでもう寝ます。妹のことをよろしく頼みます。夕飯は遊びの状況でご飯だけ炊いてもらって食べるだけでもいいし、まかせます。よろしくね。」とばたんきゅー。

 

子供たちははいはーいと遊びながら返事をし、わたしはそのままばくすい。

気づくと、圧力鍋の音と室内で野球で盛り上がる声が。。。

「うったー!打った球は高〜く上がって、、、、、。」って大騒ぎで野球をしてた。

ご飯炊いてるのか、って思いながら台所にも目をやるとストーブの上にお味噌汁の鍋とにんじんのしりしりをつくってるなべ。

 

生活のことをこなしながら、自分たちの遊びも怠らない。

申し訳ないな、って気持ちも一気に吹き飛び、ただただありがとうの思い出子どもたちに声をかけまた休みました。

そして目が覚めて2人を見ると、今度はデザートまで作ってデザートパーティしてる。。

もうすごいとしか言いようのない技。

この状況でここまで楽しんでる。

 

大ちゃんがここ一年くらい、ずっと行ってくれていたこと。

「お母ちゃんだからって辛いのに頑張ってイライラされるより、頼んでくれたらいいのに。」

 

子供達の時間を奪うのが申し訳なくて頑張ってしんどくて、イライラしてた。

でもあなたたちの時間を奪いたくないし、大事だし、って思いはしっかり感じてくれてて、気持ちよく暮らそうよって思いをちゃんと行動に移せていたのは子供達の方だった。

 

ありがとう。そう思って甘えられるようになった。

日々の中でできることを精一杯して、そこまででいいんだ、きっと。

彼らが教えてくれたこと、彼らに引っ張られ、「お母さんだからしなくちゃ行けない」から抜け出せた。

 

札幌での山暮らし、周りのおじいちゃんたちとの暮らし。わたしの体の弱さ、タイでの大人数の暮らし、コミュニティである幼稚園での赤ちゃんからおじいちゃん世代までの人との暮らし。

いま、むすこは必要なら食事をいつでもうちにあるものでなんでも作る。

まき運びもするし、誰かが困っていたら声をかけてくれる。

誰かが具合悪ければお茶やスープなど暖かいものを入れてくれる。

家族の中でも、たくさんのありがとうを口にしてくれる。親にとったら当たり前のことをしただけなのに、それにもありがとうと言える彼の気づきは優しい雰囲気を作り出してくれる。

そしてわたしがイラっとしてる子供にとっちゃめんどくさいような場面でも自分が間違ってたらごめんね、っていう。

娘も同じで。わたしが辛そうなら出来る範囲で生活を回そうとしてくれるし、誰かに寄り添ってくれる。

 

彼らが生きている環境全てが彼らを優しく強く育ててくれて、共に暮らしているわたしはかれらのその優しさをいつもいただいていて。

 

できないことをやめたら楽になった。

そして子供達のできることがふえ、彼らができることを知ってるからわたしが余計なことを言わないで済み、彼らはもっと自分の挑戦や冒険を楽しんでる。

 

もちろん、負担なこともあるだろうと思う。

でも負担な時は負担だからもっと少しにして、って言ってくれる関係になれたからいいんだろうなとおもってる。

なるべく負担になってほしくないとはおもいながら、でも、わたしができないことが多めということは結構いいこともたくさんあるのだと知った、今日この頃。

 

日々の中で家族との関係を深くして行く努力を怠らなければ、お母さん休めももり込んだほうがいい。

 

そんな我が子との経験に感謝して、わたしは、そうおもうのです。

あー、最近うつうつしてるしなんかもう今日はご飯も作りたくない!!そんな日は「すみません。お母ちゃん、辛いんで半日寝ててもいいですか?ご飯だけでいいんで炊いておいてもらえるとありがたいんですが。よろしくお願いします。」って丁寧にお伝えして、休んで少し元気になった気持ちで炊いてくれたご飯を頬張れたら我が子の強さと優しさを感じて、うるさく言えることが減って行くと思います。

 

そうしてお互いに暮らしやすくなって行くかと。

家族ってありがたいもの。でもその関係は日々積み重ねて行くもの。

うちに帰るのが怖くて、居場所もなかったこどもじだいがあったからこそ、こんな風に気持ちのいい家族になって行くことに本気になれたのかもしれません。

 

つらかったことを受け入れるために費やした半端ないエネルギー、そして波は小さくなってきたとはいえ、時折それを超えていかねばならないけれども、こんなに大きな気づきをもらえた。

また波がくることが避けられないどうしようもない悔しさはなくはないけど、人生無駄無しだったのかもしれないとさいきんかんじます。

今の人生を大事にして行こう。

そうおもう。

 

秋を集める!

と、うちの庭で崖を登って落ち葉を集めてる子供達。

改めてすごい場所だな、とおもいます。彼らはどうそだっていくんだろう、こころもからだも。。

今も楽しい、自分たちはここにいられてうれしいよね、タイにいても札幌にいても彼らはそう言います。今を楽しむ生き方をしていたらどう大きくなって行くのか、わたしには全くわかりません。

ただひとつわかってること、それはお母さんであるということは、子どもとともに育ち直せるチャンスがあるということ。

そこを本気で向き合ってこどもたちといたからこそ、思春期にクソババアって壁をこわされない安心感がいまから確実にある。(そんな話をするとゲラゲラ笑ってあー、それはないわ。って話してて、先の話をこんな風に本人とできるのもいいなっておもう。)

小さくてべったりで大変、って言いながらここまできたけど、そんな子供たちのおかげでいろんな場面でいろんな感情を経験し、自分の時はどうだったのだろうってじっくりと思いをめぐらすことができた。それを日々積み重ねて、わたしは息子と一緒に10歳に、娘と一緒に6歳になった。

 

子どもの頃の記憶がないわたしにとってとても大きな経験であり、わたしが親から受けた態度を受け入れられたのはそんな経験のおかげでもある。

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ただ間違えてならないのは、いまはあくまでも我が子の経験であり、彼らの思いを想像してかってにわたしの感情を盛り込んで、我が子がせいりしているこの状況を引っ搔き回さないようにしなくちゃならないけどね。

 

わたしは辛いことも楽しいことも経験できてる。

そうして今、1日の大くが、ありがたいことで成り立ってると思える。人生トータルでみたらラッキーなことなのかもしれないね。

 

お母さん業はとっても大変だけど、私にとってなによりも豊かなお仕事です。

ここに専念してよかった。

あってるのか、あってないのかはわからない。けれどもこれを天職にしたことで私に人生は豊かになった。家族が何よりものたからものになった。

ありがとう。

不便な暮らしと引きこもってる自分に思うこと。

今年は身体がしんどいことが多い年だった。

でも、そうだから気づいたこともあって。

身体が辛いと気持ちがこもって、引きこもりたくなる。

 

そんな体調があったから旦那さんとは裏腹に、今年はあまり人さんに会いたくないことの多いとしだった。

子供たちは色んな人に会う必要があるのに、こんなに会いたくなくって大丈夫かな??って思うこともしばしば。

 

そんな半年を過ごして出た答え。

今は、身体と心が休みたい時なんだろうな。

誰かに会うということはわたしの心に緊張を呼ぶ。

この習慣を持ち続ける限り、人さんと会うことへのハードルは変わらないな。

 

そう気づき、それが変わって行くのを待ってみることにした。

今は身体がついて行かないから、緊張感のあることはしないほうがいい。

そうして自分に素直に、優しくあることを習慣化して行ってみようと思う。

それはきっと私の身体の不調を変えて行くはず。橋本病もなおったらいいな。

 

甘いものでストレスを発散していた時間が長いから、いまになって調子が悪くなった。(数年前)。

そりゃ、昔は甘いものなんてあまりなかったのだから、この時代の糖分をまともにとっていたら不調が出るよね、緊張感もいつもマックスで神経薄くなっちゃってるだろうしね、だからふちょうなのか、って最近腑に落ちて、ガーンってなった、笑。

その上に運動不足。

子どもの頃から家族のお世話をするのが習慣だったから、自分で遊びに行って思いっきり遊んだり、部活をしたり、スポーツをしたりということをしてこなかった。

だから体を動かすことは得意じゃない。

それは習慣となり、運動不足の人生。

でも自分の人生を振り返り、人さんに会うことにものすごい緊張感を感じたり、自分なんて、と思ったり、うつになってもふしぎじゃないね、ってハッとしたことがあり、それをきっかけにくらしがかわった。

結局、気づいたらやめで暮らしてるけど、そこできづいたこと。

山で暮らす日々は運動をしなくてもからだを使う。

自分なんて、って思ってる時間も、人に会いたくないなあって思ってる時間も、外に出て畑したり、こどもたちときのみをあつめたりして動き始めると、すかんとわすれる。ついでに誰かの会っちゃってもフツーに喋ってる。

 

生活で身体を動かすって大事ね。

 

そんなこと考えてたら、今日泊まった宿のテレビで、人が来ただけでドアが自動で開く自動車の宣伝をしていて感動をしたと同時に、日常生活の中で動くことがもっと減って行ったら、うつがもっと増えていくんじゃないかとかってにしんぱいしてみました。。

不便はいそがしい。でも便利で手が空いた時間に色々考え込むより、ふべんでからだをつかってるほうが、心配や不安がわずかな時間でも消えていいんじゃないかなーとかんじてます。

 

我が家の暮らしは不便です。

んで、わたしは不便は可能性だと思ってます。おもしろい。

それは便利を否定してるでも、負け惜しみでもなくて、この方が心身ともに楽しく暮らせることをしったからかんじてること。

もちろんこの時代にあるものにたくさんの感謝をしています。わたしが自分でお裁縫できるのはそのおかげだから。わたしの仕立てたものを買ってくださるのもこの時代だから。

 

でもね、ふとおもったんです。生まれてから便利のなかでいきて、そこをゼロとしてもっと便利になってることへのふあん。きっと便利もメリット、デメリットで不便もメリット、デメリット。そして自分が心身ともに苦しくない暮らしかたを求めていたら今はここにたどり着いた感じ。

 

不便や物のない暮らしをしてみた我が家のいまのリアル不便を挙げてみるとざっとでもこんなに出てくる。

 

取り付けた全自動洗濯機は度々壊れ、なおしているから、全自動じゃないこともあるし、水道からお湯が出ないからしばれるほど冷たい北海道の水をストーブで温めて使ってるし、トイレも漏れ防止のためにその都度水を止めるために、一度流すと、貯まるまでまって排水栓を締めないとならないし、お風呂の給湯器の弁の調整をしないと壊れるから、お風呂の水を出したり止めたりするときは、お風呂で水道をいぢるひとと、給湯器の弁を調整するひとが必要だし。ついでに窓を増築するのが今年は間に合わなかったから結露対策のために晴れるたびにお布団を日に当てないとダメだし、笑。

冷蔵庫ないから冷凍チンして食べてね、って息子にも言えないし、野菜が必要だったら寒くても畑に行かなきゃならんし。買い物行くにもわたしは、運転できないから、歩いて1時間半でやまをおりないといかんし。

夜はうちの電気を落とすとキャンプ場レベルで真っ暗になるからトイレに行くのに一苦労。

 

でも何もないもっと不便な暮らしもしってる。

お風呂を借りてた半年以上の間、外から帰って好きなように身体を温めることができなかったから、お風呂が自分の家にあるだけでありがたいことで。

タイに行くと寝袋で寝て暮らしてるから、布団の眠りの質に感動してるから、大事にしようとおもえるし。

トイレのタンクにむずを入れるために、水道からジョウロで運んでトイレを使っていたから、自動で出てくるのも奇跡。

うちの断熱を入れる大変さを知ってるから、窓を容易に増やせない中で、できるだけに快適に過ごす別の方法を考えようとする思考になってることもいいよね、っておもえるし。

ちなみに去年は12月1日までうちの外にキッチンがあって雪がちらつく中洗い物をしてたから、うちの中にあるのが本当にありがたいことで。

 

山を歩いて降りる大変さはあるけど、往復3時間もかけて歩きそれが習慣になる頃には身体が確実に変わって行く。体力もついて体温も上がって病ももっと楽になるんじゃないかと想像しているのです。難しい食事療法もダイエットもいらなくて、続くかなあって心配もいらない、笑。

 

冷蔵庫のない暮らしは家事に手を抜くことを教えてくれました。1日一度まとめて作るご飯とお味噌汁。漬物と一品だけの煮物や蒸したもの。食事の準備にかける時間はながくても1日2時間くらい。あるものをいただくしかないからメニューにも悩まない。自分で育てた野菜は喜びで溢れてるしね。どれだけ虫がついてるかもわかるから虫がつかなくて大きくなった野菜が育った環境も想像できるようになったから、市場ものも選べるようになった。

それとね、大ちゃんに喘息があったのはアレルギー反応だとわかり、それをきっかけにこゆもアレルギー数値が高いことが発覚。グラタンや唐揚げ、たこ焼きやカレーを当たり前のように食べていたらもっとひどくなっていたのかもしれないなと思うのでそんな意味でも強制粗食は私たちを助けてくれていたようなのです。そんな子どもたちのおかげで、甘いもので生きてこざるを得なかった自分の過去と向き合い、我慢するのではなく、自分の思考を整理することで食事を変えることがようやっとできたわたし。

 

わたしが疲れてる時には、お願いできる?とつたえると、大ちゃんはじゃあ、今日のメニューはこれを使ってこうしようか、とこゆに提案。お料理好きなのも手伝って、こゆが歌い踊ってるうちにご飯をプレートにしておかずもお汁も添えて作ってくれます。

冷蔵庫があったら、それあっためてたべて、っていってた。それでもいいのかもしれない。けれども、自分がこんなことが好きでこれを作ったら家族がこんなに喜んでくれて、自分の腕が上がってることを感じて。彼の持ったものがこんなにそとにあらわれることはなかった。

 

不便な分、わたしが動けないときは彼らに負担がかかるときもある。

でも、遊びの合間でできる時にやってくれる?というと彼らは遊びの切れ間にそれをこなしてくれて、ありがとうと伝えるとこうかえってくる。

「さっこが身体辛いのに勝手にうちらのためにとかいって頑張ってやって、辛くてイライラされるよりよっぽどましだよー。」と。

生活に時間をかけねばならない分、負担が多いかなと思ったこともあったけど、こうして見えてくる彼らの本音もある。

 

いつの頃からか、親でも子でもかんけいなく、「お互いにできることをしようよ」の関係になっていたんだな。だからできる限り、自分が元気でいられる日常は子供達にも寄り添いたいと思うけれども。便利も不便も超不便も家族みんなで感じたから、お互いの存在をずっとありがたく感じられるようになった。

 

不便な暮らしにかける時間はわたしにとって、とても価値のあるものだと思う。こうして家族の気持ちを確かめ合えること。そしてわたしにとっては自分の身体をしぜんにつかえて、気持ちも切り替えてくれる時間にもなる。

愚痴を言ってる時間にやらなくちゃいけないことがあるからそんな意味でもよくって、笑。

 

我が家におとづれた不便の恩恵。

 

病で身体が重いように動かないもどかしさや鬱々とした精神状態を経験してるから、便利になりすぎることで身体を動かす能力や感覚、きもちよさが落ちて行くことで、わたしは精神的なもの、鬱が心配。。

 

適度に不便な方が感情が豊かな人間にはいいんじゃないかなーって感じてます。

 

そうそう引きこもりのこと。

ふとおもったけど、ずーっと引きこもりってことはないから。

こうしてひとさんにあいたくないなーって時間も大事で。ここを過ぎたらまたなにかがかわってゆくから。

子どもたちは外に出る必要があるし、こんなんじゃいかんかな、っておもったりもしたけど、かわってゆくその先をみることにしよう。

今の自分の気持ちを大事にすることで今の心身の状況だりかいできるよね。

自分の気持ちに素直になる。

少しずつそう歩けるようになってることが嬉しいなと思う。

 

自分がどう生きて生きたいか?と聞かれたとしたら、自分に素直に、自分のペースで、だな。

日本でないとこで暮らす時間は余計な刷り込みをはずして自分のペースを見ることができます。

異文化の中にいることってそれが必要だから。

 

米粉って難しいから、今や息子の方が扱いが上手。

好きだから研究熱心なんだよね。

妹もたべれるものしかつくらないし、買わない。

その優しさが伝わってもっと仲良くなるんだね。

かけがえのないこどもたちにたくさんのことをおしえてもらっています。

蒸しパンとクッキーとパンケーキでカフェごっこ

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こちらは天ぷら。うちはワンルームで油臭くなるので外で2人でやってもらってます。
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パネルシアター劇団、親子で公演にいきました。

10年ぶりにパネルシアターの公演以来をいただいたので行って来ました。

こどもたちもはりきっていってくれるというので劇団らしくなんか見てわかる面白さが欲しいと思って作ったすいかスカート。

だから劇団「スイカの親子」でデビューしました。

親子でパネルができるなんておもってみなかった。

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ほんとは赤りんご、青リンゴのシャツの予定だったけど、赤りんごが廃盤だったから何にしようと考えた結果、スイカが面白いかと。

夏が終わり、廃盤柄だったのでまた来年も依頼をいただけたらTシャツもいいなと夢見ながらすいかスカートとこのバックで登場。

バックの中にハンカチやら楽器やら仕込んで、ワクワクポイントもこさえていざ出陣。

 

0から3歳未満児さんの保育園だったため、きゃーと楽しむより、釘付け状態のみんな。

久々でそれに対応しきる能力がなかったため、自分のペースで行ってしまおうと駆け抜けたけども笑、45分、みなさん釘付けで乗り切りました。あとの15分はもともとおまけのつもりでいたから。

 

わたしはウクレレ弾きながらお芝居をし、太鼓をたたく息子、張り切って練習したくて、えー、もういいじゃんって私に言われるまでやり続けた娘はやっぱり恥ずかしくてちみっとタンバリンを叩いてくれた娘。

でも親子劇団は全部がパフォーマンスだからそれでいいやって行ったのもよくて、小さい人が大好きな大ちゃんはうまい具合にちびっ子を太鼓に巻き込んでいい雰囲気の親子公演でした。

平日の昼間、こどもたちとでかけた保育園。息子や娘にとってはいつもと違う場所で小さな人と、園児さんにとっては少し大きなお兄さんとこうして日常で、自然体で接することができるって豊かなことじゃないかと感じながら過ごした時間。またこういう時間をもって行こうと思いました。

 

ありがとう子供達。

楽しんでくれたみんなもありがとう。

 

人の前で自分らしさをもってはなしをするのは苦手。

近頃、自分を認識する期間に入ってる私は、今の自分をそう捉えてます。

これは好き、これは嫌い、これは苦手。

 

最近このはっきりした感情が心に止まるようになり、ああ、大事なことだなと思って整理して来た。

子どもとの時間の中でも、これは苦手、これは嫌だって出てくるからその度に自分と向き合い、その感情と向き合いながら、ならば今、我がことどうしたいかを考えながら過ごすことに時間をかけてる。

自分を知る大事な作業を今まで、時間をかけてこれなかったから、自分は後回しで周りに気を使ったり、おやのかおいろみるためにひっしだったりしてたから、ここに来て、我が子との姿からそれを整理してる自分がいる。

 

んで、一年前のお話会で、自分は大勢のひとの前で話をするのが苦手だし好きじゃないことを知った。

苦手は克服するもんだと思ってる自分がいることも改めて感じ、自分のいつもの行動を省みて、自分を知った。

 

でも今は自分のペースでいる習慣をつけようとおもってる。

だからいまのわたしは苦手を克服する必要はないし、頼まれた時点で、今は無理だなあって恐れずにお断りしておけば誰にも迷惑かけないしってことに気づき、必要以上に頑張らないように意識するようになった。苦手を全て克服する必要もなく、必要なら克服すせねばならないときがくるからその時でよし。ゆくゆくは変わって行くしね、今頑張る必要もなし。

 

だから私は人前に出ないタイプって半年くらい思ってたけど、こゆのパネルブームにより、昔の楽しさが蘇り、ひょんなことから、公演依頼を頂い他のでやってみたら楽しくて、これは続けたいと思ってしまってるから、「人の前でも自分のペースで」ってことは克服する必要をむかえてしまった。

 

んでもって、好きなのでできそうな気がする。

好きなことって不思議で、自分が楽しむついでに、誰かが笑顔になってくれたら嬉しいから、自分のペースでやってみるかー、そうこれに関しては思ってる。

 

お話会を通して克服するんじゃ、試練しかなかったけど、好きなことはしたいもんなーってそれだけで、この感覚を知れてよかった。

 

自分を知る作業を積み重ねて行く。

自分が好きなこと、嫌なことをしって、それを大事にして行く。

自分にとって嫌なことを一方的に頑張る必要性のなさを痛感してる。

そこでそれぞれの自分らしさを発揮すれば多分世の中は回る。

 

自分の人生を楽しみたいと研究し続ける中での発見。

自分の人生は支えてくれる人がいれば、寂しさ、不安も乗り越えて、大人になってからでも切り開いていけるらしい、そう知った今日この頃。

 

自分を知る。

自分に誠実に。

そういう人生を送るために私たちなりの方法で時間をかけてる。

自分の日々の平和が家族の平和であり、世界の平和に繋がってくとしんじてね、できることを積み重ねて行く。

自分は小さな人間だし、自然界の生き物にも叶わない。アリンコにすら勝てないからね、でも、大きくならなくてもいい。

大きくなろうと思った時に、誰かに威圧感を与えてしまうだろうから、小さな自分で、今を楽しめるように、愛せるように、そう、努力する中で心を少しずつ深くして行きながら生きていきたいとおもう。