日々は優しさで溢れてる。

心に傷を抱えてきた幼少期。我が子を授かり、それに苦しんだ。けれどもね、山が教えてくれたの。いきてる価値は誰かが決めるもんじゃない。自然は平等に、生きるための恩恵をいつも与えてくれてた。生きることの喜びは自分で感じていくものだから。そうして今を生きることを積み重ねてる。

我が子との時間。「たのしかったー。ありがとう。」

昨日ね、ウクレレのワークショップとアコースティックのミニライブに出かけた。

 

帰り際、大ちゃんからもらった言葉。

 

かれの大好きが増えたら人生もっと楽しいかもしれない。

わたしが勝手にそう思って、一緒に行こう、って誘って参加をすることになった。

楽器も音楽も好き。

耳がいい大ちゃんは、飛行機になると中国語、韓国語、タイ語のイントネーションを感覚で覚え、真似しはじめる。音や音楽を聴くと、頭の中で流れちゃうみたいで、いつも何やらおとをかなでてる。時々うるさいなーって思っていたけど、ある時ふと、大ちゃんっていつも歌ってるよね。鼻歌だったり歯笛だったり、音楽が流れてる。って言ってくれた方がいて、ああ、音楽だ!って思ったのをおぼえてる。

 

それから数年、かれのその特徴は変わってない。

わたしの音痴っぷりもすっかり覚えて口ずさむのもあり、素敵な感性を持ってる人の音楽と歌声を聴けたら、心地よい音がかれの中で流れて、もっと心地いい日々になるかもなあって思ってた。

 

少しずつイベントを見つけては、かれに行こうと誘うけど、乗り気じゃないことも多く、数年越しで始めて参加させてもらった、黒澤さんのワークショップとコンサート。

 

開始前に少しお話をさせてもらうタイミングがあって、平日の昼間なので、大ちゃんの学校のことも尋ねられた。

わたしとだいちゃん「自主休講ですー。」

黒澤さん。「へえー。」

わたし「好きなことにじっくり時間をかけて欲しいなって思ってるんです。わたしは真逆の人生を生きてきて、自分のことを知らないことを大人になって気づいたから。好きなことをすることで自分を知る、ってすごく大事なことな気がして。」

黒澤さん。「いいですね。僕は好きなことしかしてないから。」

わたし「それってすごいことですよね。好きなことをするっていうのは決して楽なことじゃなくて、たくさんのこえなくてはならないことも伴うじゃないですか。」

黒澤さん。「そうなんです。以前にそんなことに関して聞かれたことがあってお話ししたことがあるんです。色々やるよりも、すきなこと、それだけをとことんやってみるといろいろみえてくるものがある。例えばまあ、これじゃあ食っていけないな、とかも。。好きじゃないことやってものこらないしね。たくさん手を出し過ぎてもわけがわからなくなるしね。」

 

積み重ねてきた方からのメッセージはわたしの心にしっかりと残った。

黒澤さんが伝えてくれる言葉の意味が今ならだいぶ理解できるから。

好きなことをするということ、それを続けるということ。

なんとなくわかりかけてたことを、スッキリ言葉にしてくださった、

わたしはお裁縫にのめり込んでそれを知ったんだよね。

 

そんな黒澤さんの経験は歌の歌詞に刻まれていた。

我が家も新しい生き方を初めて四年、いろんなことがある。

でも私たちにとって大事なメッセージのこもった生き方をしてるのでやっぱり続けていくんだ、とそうおもってる。

会場となったうどん屋塩屋さんもそうして始めた頃の大変さを超えて今があるそうです。黒澤さんも、トモエの園長やスタッフさん、自然栽培のありがとうファームさん、ファーム伊達家さん。佐藤農場さん。

 

私たちの周りにはそうして踏ん張って生きてきた方がたくさんいて、私たちも踏ん張ってみよう、そう希望と力をいただいて今があります。

 

はじめてのワークショップ、黒澤さんのお人柄で照れ屋の大ちゃんは人様の前で、一曲歌付きでひきました。「楽しい気持ち」の中で、大ちゃんを引っ張り出してくれたから出来たこと。学校で絵を張り出すのとか、歌のテストとか絶対やだ!って言ってる彼がこんなに楽しそうに参加して、みんながかけてくれた言葉をはにかみながら受け取って喜んで。

苦手を克服する、という形ではなく、みんなが一緒に楽しんでくれてるから楽しいことが増えた、という感覚を得たようで、こういう優しい雰囲気を大ちゃんの中でもって生きてくれるんだろうなあとこの経験に感謝をしています。

 

三曲も弾けるようになって、プロの方の音楽と歌声を心に刻んで。わたしは黒澤さんという方のお人柄に学びをいただいて。二人で本当に楽しみながらの学びだったなあと、しみじみと嬉しく、感謝でいっぱいの日。

 

ウクレレを学ぶ、ということは技術だけではないんだなって改めて感じてます。

何かを学ぶ時に一番にじみ出てくるのが、その方の考え方や生き方で、わたしはその溢れたものが学びになるって思ってるので、最近はそれを思いつつ直感でそういうのには参加してる。

料理が上手なだけのお料理教室にはあまり興味がないかな。その人らしさのあるものに、その輝きに自分が惹かれるものに、お金と時間をかける。

 

そしてその生き方を分けてしあわせなじかんをくださったその方に、ありがとうを込めてお金を払う。

 

なので正直なところ、それはたくさんは転がっていなくて、それもいいのかもしれません。いきたいものが多すぎると、やりきれなくてバランスを失うからね。

 

楽しかった、ありがとう。

 

帰り際の大ちゃんの言葉に、わたしの想いが大ちゃんの嬉しいと重なった気がして嬉しくなった。

これやってみたらいいよ、って親の独りよがりをしてお節介したくないから、彼の今を見つめて、多分大丈夫、と、ちょっぴり背中を押してみる。好きなことがもう少し好きになって日々がもう少し楽しくなったらいいな、そう小さく小さく思いながら親としてやってみたことが、我が子にピタッとはまったときの喜び。

 

うーん、こちらの方がありがとう!

嬉しい顔を見て一番嬉しいのはわたし。

きっとあなたよりわたしがよろこんでるんだよね、笑。

 

これからもあなたの後ろを歩いて行こうと思います。

人生はきっと自分の経験が積み重なった地層でできて行くもの。

過去も未来もあなたが道を作って行く。

まだわたしのそばにいることを選んでるあなたに、わたしの感情を押し付けずに、楽しい時に一緒に喜び、不安な時に寄り添える関係を築く努力をしていくこと。

そう、自分がどんな大人として彼らに寄り添いたいか、考えながらそんな人であれるよう日々努力を積み重ねて行く。それがわたしが今できるたったひとつのことであり、わたしが日々、自ら成長していかねばならない課題でもある。

 

どんな風に人生を生きていくのでしょう?

黒澤さんは「好きなことをしていきてきた先輩」として、言ってくださいました。

「大丈夫ですよ。」

って。はっきりとはわからないけれど、多分、「大ちゃんは自分の人生を好きなようにいきていく力がある、そしてこれからも自分でつけてゆくことができる、だからだいじょうぶ」そう言ってくださったのかなって。

 

嬉しいお言葉でした。

自分の試行錯誤の寄り添い方にひとつの自信をいただいた気がして。

 

わたしたちの周りには素晴らしいなって思う生き方をしている方が沢山います。

誰か一人ではなく、家族でそういう生き方をしてらっしゃる。

家族でおつきあいするということは、おとなにうらおもてがあったときに、必ずこぼれ出ちゃうものを隠せないから。

どんな素敵な家族かを知って、自分も日々成長していく努力ができる。

そんな方がそばにいることで日々、自分の思考や行為を修正していくことができる。

 

こんな家族でありたい、こんなおばあちゃんになりたい。

遠い遠い憧れの人ではなく、目の前にそういう方がご自分の人生を切磋琢磨していらっしゃる姿を見て自分も今の自分を受け入れたりこえたりしてゆく。

 

そんな方がわたしの中でもう一人増えました。

 

投げ銭ライブにも参加。

彼の人生を応援したくて投げ銭追加を申し出たら、息子が気に入ってたミニマラカスを頂いてしまったよ。

これじゃ、商売上がったりじゃないですかー😂、ってめっちゃ断ったのに、押しに負けていただいてしまいました。

そうやって人の気持ちの大事にしてくださる、彼の生き方から最後までまなばせてもらいました。

わたしにとっての学びってこういうこと、なんだよなあ。。

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