日々は優しさで溢れてる。

心に傷を抱えてきた幼少期。我が子を授かり、それに苦しんだ。けれどもね、山が教えてくれたの。いきてる価値は誰かが決めるもんじゃない。自然は平等に、生きるための恩恵をいつも与えてくれてた。生きることの喜びは自分で感じていくものだから。そうして今を生きることを積み重ねてる。

娘とのデートの時間。

時々こっことの時間、大ちゃんとの時間を別々にとる。

私は親から愛されずに育ってきちゃったので沢山の自分の問題にぶつかる。

そんな不器用な私がたどり着いた1つの一人一人を知る時間。

その子に全力で愛を伝える時間だと思って大事にしてる。

 

こっこが今好きなことは何かな。

大ちゃんが今好きなことは何かな。

日々の関係の中で感じたこと、自分で集めた情報を集中させて考える。

 

こっこが好きなのは歌やダンス。探してるけど遊びの気分で一緒に参加できるダンスはなかなかないので映画を見にいくことにした。

アナ雪2。プリンセス大好きなのでこっこは大喜び。1時間も前から映画館で待つっていうので付き合う。このワクワク感も大事にしようと思って。

 

時間になり開演。

初めて映画館で見たこっこのワクワクの表情を忘れない。

親であることの醍醐味だよね、楽しんでくれてありがとう、こっこ。

笑ったり緊張したり心配したり、場面に合わせて表情を変える。その1つ1つが愛しい、と改めて思う。

時折彼女の顔を隣でそっと眺めては彼女の気持ちを掴めた自分に嬉しくなる。

一人に注げる時間は私にとってこの人と関係をまた深めていく大事な時間。

 

んでね、私も久々の映画。

アニメを映画館で見なくても、って思ってたけどディズニーすごい!

ストーリーの中にメッセージがこもってるんだけど、こんなにメッセージを盛り込みながら、これだけのストーリーを盛り込むって私にはできない。

メッセージも自分らしさをないがしろにしないで自分が大事にすること、自分がどんな風に在るか、大事な人との関係をどうしていきたいか、大事な人に何を想うか、、、、、。

笑いあり涙ありの場面でそれを考えた時に鳥肌がたつくらいかんどうした。

 

それに音楽も歌も描写も、色も、全て素晴らしい。

プリンセスの髪型も衣装も色合いも、街の様子もじつに素晴らしかった。

ダンスや歌が好きなこっこに送りたかった 美 がたくさん詰まってた。

うわあーって気持ちをたくさんプレゼントしたかったから。

こっこが自分の好きなことのなにを育てていくのかはわからないけれど、これらの美の中にもきっと彼女の感覚を育ててくれるものが何かある。

 

帰ってきてからの彼女はミュージカルのように歌を歌う、笑。

ダンスの中に自分のイメージがある。

この冬にタイで女の子が教えてくれるダンスを一緒にして覚えてきたけど、ダンスの立ち居振る舞いを楽しむようになった。

 

あのドレス素敵だったね、という。裁縫の好きなわたしは間の色の組み合わせでワンピを作ったら、北奥調で可愛いかもって思ったけど、そんな感性も育ててくれる。

彼女はなにに興味を深めていくのだろう。

デザイン?イラスト?色彩?音楽?ダンス?歌?音声?風景描写?キャラクターの衣装?髪型?お芝居?あそこの舞台になった地域を知りたいと思うかもしれないし、民族衣装に興味を持つかもしれない。

あの1つの物語に込められた芸術性は多岐に及んでる。

歌とダンスとプリンセスという彼女の興味から入った今回、いろーんな美があったなあ。。。

本当にすごかったし、楽しかったし満足で帰ってきた私たち。

 

好きだから私が習い事を用意しようと思わない理由はそれだな、って自分のスタンスに気づいた。

今は自由に楽しむ。いろんな本物に触れて、一緒に遊んで、楽しいに触れて、その中でなにかを自分がいつか本当に身につけたいと思った時、自分からどうしたらいいかを調べて提示してくるだろうなとおもうから。

私は一歩後ろで彼女の好き、を一緒に楽しめる存在でいたい。

 

そんなことを考えながら娘と寄り道。

アレルギーの関係で喫茶店にもご飯屋さんにもいけないこっこの唯一食べられるもの。

その場で握ってくれるおむすび屋さん。

いつもは何かの数値が増えるとそれに引っ張られ増えがちなほかのアレルギー数値を考慮してゆきひかりしかいただかないけど、こういう時だけは緩める。

もちろん添加物によって腸を荒らさないように気をつけながら長い目でアレルギーをよくしているので、そんな意味でも外食を減らす意味がある。

シャケもダメなので、手袋をかえてもらえるようお願いをしておむすび頼んでおやつタイム。

 

茶店でお茶とケーキができたら喜ぶだろうなって思うけどね、本人はおむすびでも嬉しそうだから食べれるものを探して特別な時間を楽しんでる。

 

ゆっくりゆっくりいまを一緒にたのしんでます。

 

 

アレルギーのことで思うことがあるから描きたいけど、長くなるので続きはまたあしたー。

 

雪遊び3じかーん。。

街中は雪が少ないけどここはスキーも小さなものならかまくらも作れる。

雪に水をかけたくてウオータータンクを置くようの椅子を運んでる。

夏も冬も水遊び。

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ゆきだるまつくーろー。

近頃体力低下によるためか、一緒に遊ぼーっていうこっこに、えー、今無理、っていうことが多くて反省してた数ヶ月。ともえにいるときだけはしっかり遊ぶって決めてるので、一緒に遊んでないわけでもないけど、もっと寄り添えたらいいなーって思ってたからガッツリ遊べて嬉しかったのは自分だった。楽しかったーっていうこっこを見て一番満足したのはやっぱりわたし。

 

一緒にあそぼって言ってるうちは一緒に遊べたらいいな。

人生楽しめ、なんて言葉じゃ伝わらない。どんな状況でもなるべき楽しめる自分でいたいとおもう。そこから溢れて伝わって行くのだろうから。

 

大ちゃんもそうだった。4つくらいまでは言ってたつまんなーいって言葉、もう何年も聞いてない。一緒にあそぼーって言葉に付き合いきれなくなったこともあった。けど、いつの頃からか自分で遊びを生み出す人になった。もうずっと、テレビもゲーム機もないうちだけど、いつも何やら作って遊んでる。自分の人生を今あるもので楽しんでる。

そんな彼にはトモエでも小さい人が集まる。彼の身につけたその力をすごいなとおもう。

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うちの子は言わなくなった。けど、つまんなーいって言われると、人の子にもいっちゃう、笑。

自分の人生だよ、つまんなくするも楽しくするも自分次第だから。

一緒に楽しむことはできるけど、あなたの楽しいをわたしが作ることはできないんだよね、と。

 

自分がつまんなく生きてきたから、つまんない気持ちはわかるのだ。

でも、つまんなくするも楽しくするも自分次第だってどこかで気づいていくといーよーって思うんだよね。