日々は優しさで溢れてる。

心に傷を抱えてきた幼少期。我が子を授かり、それに苦しんだ。けれどもね、山が教えてくれたの。いきてる価値は誰かが決めるもんじゃない。自然は平等に、生きるための恩恵をいつも与えてくれてた。生きることの喜びは自分で感じていくものだから。そうして今を生きることを積み重ねてる。

初めまして、の方へ。

ブログを少し整理するために、自己紹介がてら、つづらせください。

 

 

ブログを始めた理由と徒然。

 

心に傷を抱えてきた幼少期。我が子を授かってから、それを越えるのに苦しんだ。

でもね、山で暮らしてジャングルライフも入れて三年。

山が教えてくれたことがある。

 

わたしが生きるために、誰よりも多く自然が支えてくれていたのだということ。

お日様がくれた光で、わたしの気持ちが晴れ晴れし、タネを落とした植物が芽吹くこと。

雨が降って泉に水が溜まり、日々を潤す。

雪が降ることで大地が静かに寝静まり、エネルギーをため、次の年にタネが芽吹く。

 

かえるのおかあさんがうんだたまご。

あの小さな身体からどうやって生まれてくるの??って興味に心を奪われ、ワクワクする。

そうしてそれを知って行くこと。

毎日観察して、生まれた直後に卵は3ミリくらいだと知る。

そうして時間の経過とともに水分を含膨らみ大きくなる。そのぷっくりとした卵の水晶のように済んだたまごのうつくしいこと。生まれて数時間の卵はタピオカのようにツルツルでプリッとしていて、本当に美しいのです。

そしてその卵の核が細胞分裂を繰り返ししていく。

丸かった核が魚の形になっていく様はわがこがおなかのなかにいるとき、育児書で読んだあの過程と全く一緒だった。

そうして頭ができ、尾ができ、ヒレができる。

 

そしてね、わたしは2年前にしった。

卵の核がオタマジャクシになり、生まれ出る2日ほど前に間の綺麗なゼリー状の中で。くるくると泳ぎ始めるのです。

その愛しいこと。

 

この命の輝きを毎日見ている日々。

我が子とワクワクしながら命の誕生を見守る。

そうして卵の中で動き回る姿に、それぞれが心を震わす。

そんな春がわたしは大好き。

 

そうしてね、思ったの。

命の誕生ってこんなのワクワクするんだって。

母の愛がわたしには悲しいものだったかもしれない。

けれどもこうして生まれた命は輝かしいものだと思わずにはいられない。

そしてわたしの誕生を喜んでくれていた瞬間があると思わずもいられないんですよね。

 

やまが教えてくれたもの。

自然が与えてくれたたくさんの恩恵。

そうしてね、自分が生きてくるのにどれだけの支えられてきたかを感じて涙が出た。

それに気づけるだけの感性を持ち備えてなかったわたしに与えられた奇跡。

 

そうして、自分が親以外からも支えを受けていたことに気がついた。

親は彼らが育てられたように育てただけ。

愛がなかったというより、彼らもそうして育ってきた、多分それだけのことだったんだ。

私はたくさんの優しさに支えられ、私にも優しさがあったにきづき、わたしはしりました。

誰かのせいにする必要はない、わたしはもう自分で優しさを、自分への希望を育てていける。

 

自分を信じること、愛すること。

与えられた全てに気づき、溢れる感謝をいつも感じ続けられる心でいたい。

 

私は自分の育ちを整理し、いまの家族と向き合うためにブログを始めました。

整理することで自分を知っていく作業をする。

だから誰かに読んでもらうためのものではなく、とことん自分を知るため。

 

そうして、私は「どうでもよかった自分」から、「日々を大切にする自分」と出会うことができました。

生まれてきてくれた我が子に、自分がどうでもいいなんて気持ちを伝えたくなかったから。

必死で向き合い続けた日々の先に、今度は、家族の中で優しさを使いたいとおもえるようになった。

未熟な母だけど、自分がなりたい自分に必死で向かっていく姿とともに暮らしていくこと、ただ自分がしたくないことをしない自分でいること、そうして家族の中で優しさを滞ることなく循環させていくこと、それがこの人生を生きてきた私の使命かもしれない。

それ以上のことは私の今世にはきっとできない、それでも十分だ、そう思って今があります。

 

人として愛を持った優しい人でいたい。

まずは、一番素直な気持ちが飛び交う家族の中で日々優しさを使い、自分にできることを増やしていく。

自分の感覚に合うことは習慣になっていくから。

家族の中で続いていく日々は私に大事なことを習慣づけてくれる。

自分の感覚を大事にしながらいきていこう、そう思いながら日々を暮らしています。

 

そうして旦那さんとの日々も丁寧に紡いでいく。

話が通じないからもういいや、ということではなく、大事なことは伝えようと努力していく。

そのために、日々、彼のことを大事にする。

かれがどんなふうに私を思ってくれてるか、家族を大事にしてくれてるか、気付いていく努力をする。

男の人だから、私とは違う家族への思い方があるのだってことも知ったから、そこを丁寧に紡いでいく。

相手に何かを求めることを習慣にするのではなく、いつもいてくれてありがとうって😊思いをもってくらしていきたい。

だからそれを知るための努力を日々積み重ねていく。

その上で、初めて自分の希望が伝わっていくんだって感じてるから。

 

それもすべては、自分のためなんだよね。

 

自分の日々の積み重ねから、それに気づかせてもらったの。

それに気づけた自分に希望をもてた。

人のせいにしてイライラしないで済む、これから、どれだけ気持ちの良い時間を自ら作り上げていけるかな、って。

 

私が家族と穏やかに過ぎしたいと思うから、それを積み重ねていく。

我が子の人生を邪魔する親になりたくない、って思ったのも私。

旦那さんに今日も楽しかったって仕事を終えてもらいたいって思ったのも私。

自分がしたくて、動いたことだから、その過程に、その結果に、文句を言わない。

すべては自分がしたこと。

 

自分を一つずつ知り、試し、またしっていく。

そうして、歳を重ねてる。

 

一時は寝込んだ身体が毎日動いてくれる奇跡。

日々は感謝で溢れていて、優しさで溢れてるんだよね。

 

家族四人、ライフラインのないタイのジャングルで暮らす時間。

そうして日本に帰ってきてもスーパーハウスを改造し、山で暮らし始めました。

山での暮らしは質素でも豊かで、厳しいけど知恵と恵がある。

情報化社会の不安に飲み込まれない知恵と希望が自然にはある。

 

そんな日々をここに綴って行こうと思い、ちょっぴり読みやすくして行こうと思っています。

 

数年前に出会った大好きなミシンライフ、山の空気をたくさんつめて仕立てたお洋服を欲しいって言ってくださる方に、おとどけできたらいいなと思いながら日々、ミシンを踏んで思いを募らせていく。

いつかカゴ編み職人になりたいなっておもいながら、カゴ編みの練習。。

子どもたちの感覚に感銘を浮かながら暮らす我が子たちとの濃ゆい時間。

彼らの感性は私の器をぐっと深くしてくれる。

そして畑。家族で同じ気持ちで、すべての恵みに感謝する幸せ。

山でのウクレレは気持ちよくて、いつの間にか子供達も音を刻むようになった。

 

大人になってからでも自分を信じ、好きになれる。

そうして自分の行きたい生き方へ向かって行く。

そんな自分の経験の記録がどなたかの希望になったら嬉しい、そう思い綴って行った記録、です。