娘のお誕生会。

コユのお誕生会、トモエではお誕生日は好きなものに変身をして楽しみます。

 

お姫様、テレビでの流行り物、スポーツ選手、忍者。他にもミミズや鯖、男子がぷりきゅあに変身したりもします。

 

そしてその格好で冒険ストーリーをしながら誕生児さんの姿を披露し、最後にみんなでお祝いの歌を歌います。

 

今年、コユは「蜂になる!」ということで蜂の衣装を製作。最近かわいい好きなのでお姫様衣装にし(お誕生会後は普段着に)、このあと、裾に黒いガムテープを二本はり、はりと羽を縫いつけました。バルーンスカートにしたので、お尻はふんわり蜂のお尻風。

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そして頭にはティアラを。 こちらも100キンで材料を揃え、作りました。たのしかった。あ、お人形のように可愛いこの人はコユではありません、ぽぽちゃんです 笑笑。

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すっかり女王蜂 笑笑。当日までは興味も示さなかったこの衣装を、当日、コユは着替えた途端に、私からスッと離れ、みんなの前で、喋ったりおどけたり。ああ、こんなに大きくなったんだな、って改めて感じさせてもらい胸がいっぱいになると同時に、私も人として成長できているだろうか、と見つめなおさせてもらいました。

 

子どもたちはひび、人の中で、自分の中で、育っていっている。でも大人になった私は、当たり前の世界の中にどっぷり浸っていないだろうかって、今日も考えています。まずは今の自分を見つめること。私はこの人生で何がしたくて、どんな風に目の前でおこったことをかんじているのだろうかって。私は私の望むような生き方をしているだろうか、って。

 

子どもたちはすごい。きっと自分が生きたいように今を生きているのだと思います。自分も、周りの人も大事にしているんだなって感じています。

 

コユも大ちゃんも、きっとそう。私の目には二人の姿がそう見えています。まだまだ私が邪魔をしていることは多いけれど、この人たちは確実に自分の足取りで今を生きている。

 

私の思い込みで、子どもたちがしていることに、文句をつけてしまう自分が嫌でした。でもこの一年で自分の姿を、自分の外側から感じられるようになってきて、そんな行為が少しずつ減ってきました。まだわずかではありますが、そうしてしまった時に、自分の胸に響いてくるようになり、行動を変えられるようになっている自分を感じています。

 

昨日、旦那と急遽、ホテルに泊まりにいった大ちゃん。旦那が何気なくとったたった一枚のバイキングを食べてる写真。そこに写った大ちゃんのぱあっと明るい顔を見て、私は、彼の生きる道を邪魔したくないと、改めて思いました。私が変わったことで風通しが変わった親子関係の中で、子どもたちはたくさんの表情を見せてくれています。けれど、私がいない時の彼の表情を見て、私はまた1つ気づきをもらいました。

 

「人は、何かに気付いた時から変わり始める。」

 

誰かからそんな言葉を聞いたことがあります。今の私はそれを理解できるようになりつつあります。

 

私と子どもたちは別の存在で、子どもたちがすることが私にとって気に食わないから文句を言う、と言うのはやっぱり違うな、って無意識の中まで浸透していったように感じています。

 

私たちの元に生まれてきてくれた大ちゃんと、コユ。まだ道半ばですが、私自身が今の自分を受け入れられるようになってきたことで、年をおうごとに彼らが愛しくて可愛くて。そう思える人間になれました。

 

そう、だから、今は自分も愛せます。やっと、やっと、ね。

 

いつだって争いが絶えないうちで育ち、育ちが恵まれなかったことで自分を責めてきた私。自分のせいだと思ってきたことは実は自分のせいではなかった。そしてそれは母のせいだと思うようになったけど、母のせいでもなかった。母もそう育ってきた、そう、母も精神を病むほど、ずっと苦しんできた。

 

この親から代々引き継いできた苦しみを、私が手放すことができれば、我が子も、その次の子も、幸せに生きられる。

 

そのことに気づいてから、私はそれに人生をかけています。私が我が子に、できるかもしれないたった一つのこと。そしてそれは今まで、「私」を生きる術を知らなかった私のためでもある。

 

だから、我が子が、他の人が、「自分の人生を生きる」ことを、邪魔しない人間でありたい、と思うのです。我が子に過去のことまで引っ張り出して文句を言ったり、彼らの言い分を親の権力で聞かないことはしたくない。周りの人の生き方を羨ましがったり、文句を言ったりしたくない。自分を他人と比較したり、責めたり、隠したりしたくない。そうすることで、自分が何を感じ、考えているのかわからなくなってしまうから。心の中で相手を責めたり、自分を否定するこちで自分の優しさまでしまいこんでしまうから。

 

家族の誕生日は、私にとって自分の誕生日でもあると感じています。あなたがいてくれたから、私は気づけて、変われた。他人の皆さんに対してもそう。まだまだ自分が揺れてしまうから、大きな声では言えないけれど。家族は特に共に過ごす時間が長いから、たくさんの成長を私にもたらしてくれてる。

 

私は五年前より幸せになれました。それは自分の物事の捉え方が全く変わったから。だから生きてる世界が、見える世界がかわりました。苦労させてきた自分の身体が弱ってることによる不安も、人様に対して時に否定的に捉えてしまう癖も、まだまだ抱えています。

 

けれどね、私は大丈夫。自分を信じられるようになったから、毎日が明るい。そう信じて生きて行くこと、それがいまの私を元気にする方法。

 

仮死でうまれたコユが4歳になってくれたこと、私の身体がここにあり、お誕生日を祝えたこと、大ちゃんがお誕生会の時、コユのそばで歌を歌ってくれたこと、旦那さんが支えてくれること。全て当たり前じゃない。そばに居られる人生のわずかな時間を共にいる選択をしてよかった。毎日10回はありがとうが出てくるこの一年だけど、お誕生日はとくに大きな、大きな、ありがとうで私の心がいっぱいになります。

 

 

最後に、トモエのお誕生会、みんなが言ってくれます。

「コユちゃん、おめでとう。コユちゃんのおかあさん、コユちゃんを生んでくれて、ありがとう!」

 

「生んでくれて、ありがとう。」。私は生まれてほしいと願い、この身体がそれを支えてきてくれた。本当は、ただそれだけで、自分で考えて何をしたわけでもない。頑張ったのはコユと脳では理解が及ばなくてもいつも動き続けてくれている私の身体。でも、この言葉に、涙でいっぱいになりながら、全てのことに、おもいます。家族、トモエ、穏やかな日々、そんなこの世界にいさせてくれることへの有り難さと、母への思い。そして自分の人生が抱えた苦しみを穏やかさに変えていこうと願う祈り。

 

もう一つ、なんのためにいきているのかはわからないけれど、一つ気づいたのは、私がここにいることで、伝わっていく何かがあると言うこと。ならば私が、愛しいと思うこと、あったかいって思うこと、大切だって思うことを残していきたい。

 

と、まあ、人生色々あるけれど、日々を大切に生きて行きたいなー、とただただ思って綴ってみます^_^

 

今日もここにいてくれて、ありがとう。大切な、愛するコユへ。