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手仕事。(タイにてパーマカルチャー暮らし日記25日目)

   手仕事をしていると 心穏やかに時間が流れます。私の大好きな時間、子どもたちも一緒に。まずは摘んだ綿花をタネと綿に分けます。タネを離すとふわっと広がるのです。やさしい肌触りでずっとさわっていたくなります。素材のまんま、マスコット作れないかな。匂いもいい。羊毛も好きだけどコットンの方がほっぺにくっつけてふわっとするのでホッとします。

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   実はこのあと、子どもたちのリクエストでお人形になりました。手足と頭は綿花。身体はブラックビーンにしたのですが夕方、コユがお風呂に入れて、うちのやねに干しているのを発見。豆の芽が出ちゃうんですが。。もう笑うしかない笑。明日私入れ替えなくちゃ。大きいのが大ちゃんの、小さいのはコユの。コユの大好きな人の名前をもらって、まりさん、という名前だそうです。

 

 

   昨日はうちのそばにガーデンがあるのを発見したので、ここで急遽豆つみ。ジャングルなので、遠くから見てもガーデンがあることがわからない。そこに行って見てどうなってるのかが初めてわかるのです。毎日発見があっておもしろいです。

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   ブラックビーンまで育ったものはタネに、もう一息のものは豆を出してそのままスープに、皮が硬くなり始めたものは蒸して中身をとって、若いものはサラダや炒め物になります。どこまでも無駄にしない、無駄にならない。かぼちゃもこちらのものは皮が硬いのですがタネも小さめなので炒めて食べちゃいます。マンゴー、パパイヤ、バナナ、ジャックフルーツも熟す前は野菜として調理をして、熟したらフルーツになりますしね。本当に無駄がありません。

 

   ここでも手仕事。暮らしが遊びで学びで、興味。私が面白くてやっていたらくっついて回ってる大ちゃんものめり込みます。かなり集中。自分の興味で動いて集中して遊んだことから得た力はかけがえのない人生の一部になるんだろうな。どんな風になって行ってくれるのか、おもしろいなあと思います。

 

 

   大人同士でも子どもとでも手仕事って豊かな時間だなあと、思います。ゆっくり話をしたり、お互いに出来上がったものを見せ合ったり、時間がない中ではなくあえて時間をかけてじっくりじっくりやると、終わったことよりも、この時間で子どもたちと語ったこと、自分が穏やかに楽しめたことを 感じる ことができるのです。最終的に食べるためですが、その最終地点をポンっと手に入れて忙しく夕飯を作る暮らしの中では得られないものを感じさせてもらっています。

 

靴下の穴を繕います。

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   焦らず、ゆっくり、穏やかに今年は毎日を暮らしてみよう、生きてみよう。そう思ってここにきましたが、自分の癖が時々顔を出し、ブログに記録をしていないので、得たものが少ない気がする、と思ってしまう瞬間が時々あります。でも、こうしてふっと感じてきたことを整理してみると昨日より確実に新しいことを感じているんですよね。全て記録をしたところで覚えられるわけではないので、身体に染み込んで行く今の私に合うものを時々こうして、言葉にして整理をしつつ、身体を信じて任せて、生きて生きたいな、そう思います。毎日、暮らすだけで精一杯なので、日記よりも身体に刻んでいく方が自然で無理がないと気づいた今日この頃です。自分の身体はすごくすごく賢い。心臓が動き、食べ物を消化してくれるシステムすら満足に知らないけど、そんな奇跡的なことをしてくれていて、それを守ってくれるバクテリアがいて。そんな自分の身体を経由して我が子が生まれてきてくれて。自然も神秘だけど、自分の身体が1番の神秘、なのだと思います。私なんて、と思ってきた癖はすぐには抜けないけれど、今はいつでも、どんな時もそれだけは心の中にあります。これから今までの分も大事にして生きたいな、じぶんを。