日々は優しさで溢れてる。

心に傷を抱えてきた幼少期。我が子を授かり、それに苦しんだ。けれどもね、山が教えてくれたの。いきてる価値は誰かが決めるもんじゃない。自然は平等に、生きるための恩恵をいつも与えてくれてた。生きることの喜びは自分で感じていくものだから。そうして今を生きることを積み重ねてる。

少しずつ待つことのできる自分になりたいから。

待つということ。

 

待つ、ってね、深い。

私にはまだまだできていない。

子どもたちのことを待つこと、大人であると思い込んでる旦那さんのことを待つこと。

 

子どもたちの動きを待てなくてイラっとしてしまうことがまだある。だいぶ減ったけどまだまだある。

 

大人でしょ、ってなんでも言葉で言っちゃう。

相手の思いが帰ってくるのを待てばいいのに自分の思いを重ねて言い続けちゃう。

これもね、だいぶへったの。でももっと静かな奥さんになりたいなあ。

 

ジャングルで暮らすたびに思ってた。

もろに自然の中で暮らしてるあの場所では人間である私には待つことしかできないことがたくさんあったの。

サンドットさんもよく言っていたな。のんびり待とうって。

焚き火を起こす時も、はいの中にわずかにのこったちいさなまきに、掃除で集めた落ち葉を乗せて火をつくのを待っていた。

Key in the car をしちゃった時も助っ人が来るまで楽しそうにおしゃべりに花を咲かせてた。

 

いま生きることを楽しんでたように私には見えた。

 

でね、札幌に帰ってきて私たちは昨年のアパート暮らしとは違う山での暮らしを再開しました。

 

薪ストーブ。

夜中にまきがきれてひえてきたころ、トイレに行きたくなってたしていく。そうして朝までわずかずつつないで行くのだけど、あさはやっぱりさむい。

けれどもね、ストーブの中で小さな隅が小さな明かりを灯しながら残っているの。

家族それぞれ火の灯しかたは違うけど、私はここにかわいたまきをのせて、ストーブの空気孔を全開にして火がうつるのをまつの。

起きてるのは私だけのことが多いから。

そうしてて仕事をぼちぼち。服を縫ったり、カゴを編んだり。

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そうしているうちにパチパチ音がして、ああ、ひがうつってくれたなあっておもう。

そしてしめったまきを足すんですね。

そしてストーブの中がゴウゴウ音を立て始めてしばらくすると、冷えた薪ストーブの鉄が緩む音も始まる。

カンカンカンって今部屋をあっためてるよーって答えてくれるんですよね。

 

ここにくるまでゆっくりだと思います。

けれどもああ、あったまってくれるなってここで思うのです。

まきになってくれた木々に感謝をしながら。

作ってくれた旦那さんや五郎さんに感謝をしながら。

ものというより家族のように思えるようになった薪ストーブに感謝をしながら。

 

そして、そう思えるようになった今、私は、待つことの楽しさを感じています。

待てる気持ちへの豊かさも思うのです。

これからまた少しずつ待てる暮らしをしたいなと。

待てる人間になりたいなと。

 

自然の中で、空気、風、おと、いろ、、、、、、沢山の自然の気配と、虫や生き物たちの動きを感じながら感性がひらいていったらいいな、とやんわりとおもいながらいとなむひび。

この感じが私の今まで気づかなかった新しい感覚に出会わせてくれているなって思います。

 

イベントで山に来て、自然の中ではしゃぐのではなく、くらすかんかく、というのかな。

毎日はしゃいでたら疲れちゃうもんね。

ここで外を眺めながら静かに没頭する時間を今、あじわっています。

 

沢山の情報もなく本当に静かで、ここからでたくないくらいいまはここがすき。

人さんに会いたくないくらい没頭してカゴを編み続ける私は今だったら発達障害って言われちゃうだろうな。

 

生まれてからずっと、周りの気配に配慮して、たくさんのことを自分の力で考えるしかなかった私はずっと頭の中がざわざわしていたのだろうな。

やっと、静かな感じを身体があじわえてるきがします。

子どもの頃にこんな風にいまはどうしてもこれをしたいと没頭する経験をしていたら、もうすこし自分の心との向き合い方が柔軟だったのだろうな。

 

自分の今感じていることも昔、経験したことも、今の家族との暮らしに生かして今、一番気持ちよく行きていける方法で日々を過ごしたいな。

まずは暮らしの中で待てることを増やしていこうと思う。

それはいつか、人との関わりの中で、自分との関わりの中で生かされて行くから。

 

子どもたちがそばの森のご飯やさん、「おうちごはん 野の」さんに油を買いに行ってくれました。調味料は本物を使いたい私たちにとってありがたい野のさんの存在。

最寄りのバス停まで4キロ、最寄りのコンビニまで5キロなのに、自然食品を買わせてもらえる場所は徒歩10分。こんな奇跡、そうそうないです。

お料理が大好きな大ちゃんの勉強にもとってもありがたいです。

できたばかりのカゴを持ってく、ってはりきってでかけてゆきました。

初めてのおつかいを読んでモチベーションを自分であげて、

「買って来たよ」

って置いてくれたカゴの中には油とふきのとうが一つ。

こういうのって本当に愛しい。

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子どもとの時間ってこんなふうに綺麗なことばかりではないのだけれども、そうしてしまっているのも結局自分なんだよね。

こういう愛しさを小さくたくさん感じられるおかあさんでいたいな。

豊かな気持ちにさせてくれる小さな存在にありがとう。