日々は優しさで溢れてる。

心に傷を抱えてきた幼少期。我が子を授かり、それに苦しんだ。けれどもね、山が教えてくれたの。いきてる価値は誰かが決めるもんじゃない。自然は平等に、生きるための恩恵をいつも与えてくれてた。生きることの喜びは自分で感じていくものだから。そうして今を生きることを積み重ねてる。

旅の帰り道。

我が家は一年に2度、引越しをします。

札幌からサハイナンへ。さはいなんからさっぽろへ。

子供達は歳の数以上に引越しをしています。

今日はサハイナンを発つ日。

 

がやって来ました。いつもこの日におもうこと。

札幌はどうなってるんだろうな。私はすっかり浦島太郎。

 

けれどもここでの暮らしは私に考えないという時間をくれました。

いつでも目の前に出た答えの方に進んで来た2ヶ月間。

ここの暖かさで胃の痛みがなくなり、身体が軽くなってからすっかり考えるという習慣が吹き飛んでました。

目の前に起こったことをただただ受け入れて来た2ヶ月間。

 

なんとも楽でした。

不安も恐れもなかった2ヶ月間、ただただ楽しかった。

自分がどれだけの緊張の中で生きて来たのかをしりました。

痛みさえ感じなかった胃の緊張がどれだけのものだったか、ここに来て1週間で食事が心地よく身体に取り込まれ、排泄をするという循環。

 

食事はあるものをいただき、自分がしていたのはただ自分ができることだけ。

でもちょっぴり食事を作ることは意識していたので、札幌に帰ったら、これもゆるくやってゆきたい。

自分の身体と心が緩む感覚を今年は感じた2ヶ月間でした。

 

緩んだからだは起こったことをただただ受け入れて流してくれていました。

誰かの行為に正しい正しくないととうのではなく、自分のしたことが失敗だったと思うこともなく。食事がちょっぴりうまくいかなかったことでさえ、経験を得るということに失敗はないよね、って自分がすっとおもえることがうれしかった。

 

そう、私なりの経験を重ねて来た今おもうこと、人生において失敗なんてないよなあっていうこと。

そう、今の私には自分の経験も誰かの経験も、失敗っておもうことがない。

それをけいけんしたからつぎはこうしようって思えること、これって価値以外のなんだろうって思うから。

全然敗者じゃない。

失敗も成功もないってことなのかもしれないね。

自分がうまくいかなかったって思った時に失敗になって、うまくいったら成功になるのかな。

ってことは自分の思い次第ってことだよね。

うん、やっぱり成功でも失敗でもない。

自分の生きる経験の一つに過ぎない。

 

楽に生きるため、楽しく生きるため、に自分の生を積み重ねていけたらいいなっておもう今日この頃。

わたしは札幌に帰って、寒さでまた身体が緊張しちゃうのかな。

そうかもしれないけど、歳を重ねるごとにマイペースに生きていける人間でありたいと思う。

 

私がここにまた帰ってくるのはまたこうして自分の中から湧いてくる気づきや感情と時間をかけて向き合って行きたいから。

 

ここでの暮らしは不思議です。

いま、瞑想とか、喋らない合宿とか自分を見つめるワークとかいろんなことがあるけれど、静かに自分を感じながら暮らせているから、そういうことにめっきり興味がなくなった。自分の今を疑う必要がなくなったからかな。

 

ただ暮らしているだけなのにね。

雨の音と匂いを感じ、地に足をつけて動物に近い暮らしを。

自分で食べ物を見つけてくる暮らしを。

日の恐怖も知りながら毎日火とともにあるくらしを。

美味しいね、つくってくれてありがとう。いえいえ、てつだってくれてありがとう、とつたない言葉なのにそれでも十分なくらいに人と関わりあい、おもいあう暮らしを。

自分がするべきことがあるし、自分がそれをすることが心地いいから、人のことには構ってられないくらしを。

目の前の害だとしか思っていなかった虫が自分に恩恵をくれていた衝撃をかんじるくらしを。

 

自分が心地いい時間が昨日より1秒長いことがうれしい。

そう思えるようになった。

 

そうしてふとおもう。

人は便利な暮らしにはとまどいなく進めるけれど、過去の暮らしを経験することに戸惑うのはなぜだろうと。

どっちもいいのにね。。

 

私は自分のことだけを考えたらどっちもすばらしいとおもう。

けれども自分だけではないことも考えに入れてみたら、過去の暮らしをかんじてゆくのがすきだった。心地よかった。楽だった。

 

だからまたここにかえってくるのだろうとおもう。

人の目を気にして緊張感が絶えなかった自分が癒えたから。

人のことを評価していた自分を手放せたから。

自分の今が受け入れられるようになったから。

家族が今の私を好きだって抱きしめてくれるから。

 

ここで暮らす時間が私たち家族にとって幸せであり、私たちの周りにいる人たちも幸せでいてくれる。

家族と周りの人たち、そして自然が私を癒してくれました。

目の前で起こったことに不思議は感じるけれど、否定することがなくなったから楽になった。

今の私はすっかりわすれっぽい。自然の癒しの力。

ああ、あの時嫌な思いしたんだっけか。わすれてたけど。って笑っている私がいる。

あの時の嫌な思いより、今日雨雲が来てるからどうしようか考えることに忙しい。

 

幸せは多いほうがいい。

幸せな人は多いほうがいい。

札幌での時間もそうでありたいと思う。すこしずつそうなっていっているとおもう。もっとそうなってゆきたいなっておもう。

 

ゆっくりゆっくりマイペースで、今年の札幌ライフはいきたいな。

 

YouTubeで練習したウクレレ

今年はいつもより少し上手になった。

歌える曲が増えた。

楽譜を書き出したノートは砂でよごれたけど、今度は自分の中にのこった。

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いつもこの景色を見ながら歌いまくったから、ウクレレをひくとこの景色が目に浮かぶ。

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