日々は優しさで溢れてる。

心に傷を抱えてきた幼少期。我が子を授かり、それに苦しんだ。けれどもね、山が教えてくれたの。いきてる価値は誰かが決めるもんじゃない。自然は平等に、生きるための恩恵をいつも与えてくれてた。生きることの喜びは自分で感じていくものだから。そうして今を生きることを積み重ねてる。

こどもたちと共に暮らす中でだいじにしてること。

こゆがもうじき小学生になる。

大ちゃんはひと月くらいいったかな。

こゆはどうかな。

いくのかな。

 

思えば大ちゃんの頃は私はただただ学校教育に反対してた。

頭でっかちな私は自分で集めた情報ではなく、巷で言われるようなことを自分の言葉のようにして思いこんでた。

でも、いまは思うんだよね。

私は勉強にかける心の余裕のない家庭の子だったこともあり、勉強についていくのがひっしだった。頑張って普通レベルを保ちながら、家族平和のために時間を割いて、友達と遊ぶ余裕もなくて、学校にいる自分に違和感があった。

それにね、学校はしていいこと、いけないことを大人が絶対的ルールとして決めていて、道徳にもいつも決まった答えがあった。(そう思ってた)。それをすると、困る人がいる、という経験を伴わない事が多くてよくわからなかった。

教科書の上で教えられることを理解できない子だったんだと思う。

高校時代の数学は先生の特性を知っていたからいつも参考書を3回もこなし丸暗記して上位得点者だったな。

 

大ちゃんが入学の時は気づかなかったけど今はおもう、私が学校が嫌いだったんだろうな。

でも嫌いと自分でいうことで、受け入れられなくなるのが自分で怖くてごまかしていたんだろうな。

 

いろんな思いを勝手に子どもに乗せていたある日、旦那さんに言われた。

先生はよくやってくれてるよ、と。

組織の中で決められた場所まで子どもたちの教育レベルを上げないといけないし、私たちの頃はそういう教育が当たり前だったでしょう?だから、彼らがちゃんとレールの乗れるようにたくさんの時間をかけてくれてる。

それにさー、先生もサラリーマンなんだよ。

守るべき家族がある。

 

最後の言葉がすんなり入り、大ちゃんが入学の頃には行ってらっしゃい、って見送れるようになった。

そしてね、旦那さんのいう通り、先生は休み返上で頑張ってくれてた。

私もそんな風に保育園勤務してたな。

ありがたいことだね、そう旦那さんと話せるようになった。

 

んで、自分が小学生の頃は家庭問題もあり、本当に必死だったんだなあと振り返りつつ今がある。

学校の問題もあるけれど、おおかたは家庭の問題だったんだよなあと。

 

だから、いまはおもう。

こゆがどちらを学校に行くこと、いかないことを洗濯しても夫婦で目の前のこゆをぜんりょくで支えていけばいいだけ。

学校は学校教育という部分を担っているだけであり、人生を支えるということを担ってるのは家族だ。大ちゃんがそうおおきくなってくれてる姿をみながら、いろんな経験をさせてもらえることに感謝ができる人間でありたいと、自分に改めて感じてる。

 

そして、自分が人として大事にしたいことを改めて整理させてもらう。

 

その1。自分が大事にしているもの、関係、こと、、、、は何かをいつも考えること。そこにはいくら時間をかけてもいいと思う。そのひつようがあったら早退しておいで、とすらいうだろうとおもう、笑。

 

友達と喧嘩しちゃってモヤモヤしてる気持ちを自分が整理できないまま勉強したり、習い事に行ったりする事で曖昧にするより、ちゃんと自分の感情を味わって、自分はどうしていきたいのか、の答えを出してそれを試してみることを子供のうちにたくさんする必要があると思うから。

人は小さいうちから自分の感情を時間をかけてちゃんと味わう必要があって、それには時間をそこにそそいでくれる覚悟があるおとなの存在が必要だと、私は自分がマジで専業主婦をした事でしったから。

 

大ちゃんの心の柔軟さはすごい。私が寄り添っただけでは全く足らなかった。旦那さんが子供と過ごしてくれた事、トモエでたくさんの大人が寄り添ってくれた事、タイでたくさんの人たちが一緒に暮らしてくれた事。深い関係の中で彼はたくさんのことを感じ考えてきたんだとおもう。

 

先日、パパと喧嘩して、強く言い返した大ちゃん。正論だったけど、正論をつかれてパパがかちんとなった。この後、家族で飲み会をするつもりで楽しみにしてた大ちゃんを思って思わず口出した私。大ちゃんの気持ちはわかる、間違ってないと思う。でもさ、パパはそれをするのが苦手なのよ。その言い方がさらに心を乱しちゃったのよ。。大ちゃんが飲み会をしたいなら、言い方を変えて苦手であるパパのその気持ちに寄り添ってあげることも必要なんじゃないかな、って私は思う。と、こそっと耳打ち。大ちゃんは悔しくて泣きながらダンダンと机を二回叩いてから、パパに言い方悪くてごめんね、それでも飲み会をしたいの。と、伝えに行った。1分足らずの出来事だった。

 

ああ、私たちをゆうにこえたな。

またまた、そう感じた彼の行為。私なら今でもきっと、こんなすぐに自分の気持ちを切り替えて謝れない。彼の強さだとおもう。

 

余談だけど、私が子供との関係で大事にしてることの一つに私は子どもに何かを言葉で教えようとしない、ってのがある。数年前までそうしてたけど、最近結局言葉では伝わらないんだなってかんじてる。例えばものを床に置いたままにしないでってやつ、これね、私が100回言ってもかえられなかったの。日常の中で私自身が気をつけてそういう行為をして行くしかないいんだよね。私がああ、これ、私も癖だね。癖を直すのは大変ね、って言ってるのを腐るほど聞いて彼らは擬似体験して気づいたら浸透してる。

あと、にいちゃんがいもうとによくやるあれ、しつこくしすぎて泣かれる、ってやつとかも。これね、私が流せるようになるしかない。怒って私が声張り上げてもかわらないから。ああ、本当に嫌なのね、って本人がハッとしないとかわれないよね。自分もそうなのにねー、いまでもきっと。自分を見つめる経験が少ないんだろうな、わたし。

 

だから言葉で伝えるんでなく、自分の言葉を、行動を、習慣を、日々の中で積み重ねて行くしかないんだよなあっておもう。教えようっていう偉そうなことはやめて自分がそれをしない、ただそれしかないよなあと親である修行の道をかんじてる、笑。わたしが感情的になることもしゅっちゅうだから、いつでも目の前が直球なので、間違ったらごめんねだし、意地はって譲れなくて三十分経ってようやっとごめん、って言えたりすることもあるのが現状。

素直でいてほしいって思うくせに自分が一番素直じゃないからね。今の私は、気づいたら謝るしかない、そんな段階にいる。でもこれを積み重ねているうちにだいぶ意識づいてるので、変わって行くと思うからそんな自分を受け入れてね。でもそんな経験をしてるからこそ、おもう。素直であることは自分を大切にすることであると。

 

またまた余談だけど、とっても気になることがあった。今の小学生も誰かに対して一回死んで見れば、とか言う言葉、使うらしい。昔からいるよね、そういう人。今はわたしは思う。そんな言葉を使ってるうちに自分がわからなくなるだろうなあと気の毒だと。それが本とうにいいたかったことではないだろうから。それに私はこの言葉が好きじゃない。だってね、自分の娘が死にかけてさ、死ぬ、ということを実感してるから。今度そんな小学生を見かけたら(その時に伝わらなくてもいいから)その子に言ってあげたいと思う。うちのこゆは死にかけたのよ。一回死んだら生き返らないの。あなたのお母さん、あなたが死んだら悲しむと思う、って、母としての思いを。

 

さてさて、わたしが大事にしたいことその二。

今の自分がどんな人間かを感じてしって行くこと。間違ってしまった時の自分、こんなことが好きだって思う自分、こんなことは嫌いとか苦手だって思う自分。息子の時、学校で先生にここは苦手だから克服できるようにしています、って言っていただいたけど、必要があれば本人のタイミングでして行くだろうから今はできない、でもわたしはいいとおもう。(でも、先生は一人で進めて行くのでこまっちゃうのでそのきもちもわかる。)

素直な自分を知る事。

 

その3。そしてどんな風に生きていきたいか、を何となく考えたりしながらワクワクできるひびであること。

 

その四。自分がどんな風に暮らしているか見える暮らしをすること。

わたしはこの暮らしをして、何かに感謝しましょうって、言葉じゃわからないんだなって、知ったんだよね。雨が降らなくて畑が干上がって雨が降ることに感謝した。雨ばっかりで土砂崩れの心配して、お天道様が続く日々に感謝した。

うちは玄米なんだけど、スーパーの玄米より美味しいの。かぼちゃも人参も。農家さんから直接仕入れるようになって10年、やっとその違いをはっきり感じてて、子どもたちはスーパーの試食をしながらいう。うちの方が美味しいわ。そしてその農家さんをお手伝いしにパパが言ってるからその苦労話を聞かせてもらいながら食事をするのね。そのありがたさ。だってね、何十年も前から有機で野菜を育ててくださってるのだけど、始めた頃はきっと、変人呼ばわりもされたと思うんです。。

それでも作って欲しいっていうアレルギーの子を持つお母さんの思いを受けて続けてくださった。感謝しきれないし、家庭菜園すら知らない人も多い私たちの世代、私たちがそれを少しでもつないで行かないと美味しいものが食べれなくなるとおもうから。未来のために、私たちも変人からこの暮らしを始めてみようと思います。変人って悪いことだけではないとおもうの。時々本当に、なんだかな、この人。。。。。。って人にも出会うけど、他の人に変わってる、って思われても自分に誠意を持って生きてればそれでいいと思うんだー。

 

水道管を1時間で治せる旦那さんに感謝。薪運びを手伝ってくれる息子に感謝。ここでの暮らしを楽しんでくれる娘に感謝。

 

挨拶を言いなさいではなく、ありがとうがあふれざるを得ない暮らしをさせてもらっています。そしてそばで暮らしている大家さんご夫婦からここでのくらしを教えてもらえることに感謝。年配の方たちのお知恵と行動力がただただすごくて、その思いを持ってそばで暮らせることがありがたくてね。

 

ありがとうの思いが溢れる暮らしは生きる力だと思います。

ありがとうの思いは誰に対しても優しくなれると思います。

 

わたしが家族との暮らしの中で、大事にしてること。

 

この土台の上に学校教育があると思ってる。

だから先生方には感謝しつつ、夫婦で大事に伝えていきたいことも取り入れながら、こゆの後ろを追いかけてく日々を過ごしていけたらいいなあと自分の思いを整理してます。

そう思うとわたしにとって、本当は、なにも争うものもあらがうものもないんだよなあ。

 

まだ消えぬ心の何処かにある不安と寂しさが自分の努力とたくさんの感謝とひとさまのごえんで抜けて行くといいな、と夢見ながら、うーん、わたしはやっぱりじぶんのためにいきてるんだよなあときづかされる。

変われた自分にありがとう、の思いを込めて。

 

とりあえず何でもやってみる。

もう熟しちゃったかきをいただいた。年配の方に止められながらほしてみたらドライ柿になった。

やってみるもんだ。

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漬物シーズンにいなかったので塩漬けした大根でニシン漬け。北海道って美味しいものがたくさんー。

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あとは春の山わさびも好き。