日々は優しさで溢れてる。

心に傷を抱えてきた幼少期。我が子を授かり、それに苦しんだ。けれどもね、山が教えてくれたの。いきてる価値は誰かが決めるもんじゃない。自然は平等に、生きるための恩恵をいつも与えてくれてた。生きることの喜びは自分で感じていくものだから。そうして今を生きることを積み重ねてる。

どこにいても変わらないもの。

私たちはこうして旅先のいなかでくらすのがすき。

旅も好きだけど観光は興味なくて暮らしが好き。

 

この村の人たちはどう暮らしてるんだろうってことにとっても興味がある。

で、自分たちもそこで暮らすから、基本的に変わらない超えなくちゃならない課題もある。

 

自分がどうありたいか、どう生きてゆきたいかを常に考えてる。

 

今はこっことのぶつかり。

こっこはかなりの人見知り。挨拶もゆうきがいるようでなかなかことばにならない。

わたしが代わりに伝えたり、言葉を添えたりしながら今まで来たけれど、そろそろ超える頃かな、とおもい、せなかをおしてみた。

ここでの暮らしは一期一会、本当にあふれんばかりの愛で可愛がってくれて人たちに、そろそろ本人から気持ちを伝えることも必要かなと背中を押す。

待って待って、まってきたとおもってる。

ここでちょっと超えたらもっと楽しくなるんじゃないかなって想像しながら。

 

ちょっと、って思ってた。

けれどもなかなか険しい道のようでいろんなアプローチをしてみるも一歩が踏み出せない。

つい、強く押してしまって、本人からふと本音が漏れて、気がついた。

 

本人が意地はって強気なことを言うのでつい、わたしも強く言い返してたようだ。

意地っ張りばかりに目を奪われてた。本人の不安な気持ちとか、この件に関して超えることは本人にとって決してちょっとのレベルではなかったようだ。

 

「はずかしくていえないのは仕方ないでしょ。変わるのは何年もかかる。」

「そういうから、ずっと待って来たよ。でもこっこはわたしが代わりにありがとうと伝える必要ないくらい大きくなった。人との出会いは一期一会。ずっと一緒の関係ならいい、でもこうしてまた楽しい時間を過ごさせてもらった。そんな一期一会の出会いの中で自分がこの人といて楽しかったなって思ったら言葉で伝えることも必要だと思うの。だからそろそろ超える努力して見てもいいと思うの。」

いつもじゃなくていい、でも時には一緒に頑張ってみようよ、そう伝えながら私たちの度々のこんなやりとりは2週間ほど続いた。

水をこばして拭いてもらって、美味しいものを分けてもらって。そんな沢山の優しさをもらって今年も過ごしてきた。

 

わたしが声をかけるたびに、「今はできない。12歳になったらできる。」と、できないを繰り返す。できなくてもいい、できないと言わずに、超えてみる努力だけでもしてみようよ、とわたしはおみってた。だから彼女のできない、の意地を張った言葉にわたしもがちんこになってた。

 

けれども彼女の口からでたひとこと。

50の意地っ張りの言葉の中から出た一つだけの言葉。

「こっこもどうして自分で言えないんだろうって思うんだ。」

それを聞いて胸がキュッとなった。ああ、自分で今、わたしたちがつたえたことをかんじて考えてるんだ。わたしが言ったことで、彼女は自分を責めてしまったのかもしれない。それは嫌だな、悲しいな。

そうおもってまた立ち止まった。いまの自分がどうしたらいいのか、小さな答えをここで一つ出した。

 

わたしの感覚と本人の感覚の差。

伝えたいことは伝えた。あとはまた、わたしが待つばんだ。

彼女にとってはこれはちょっと超えるというレベルではないんだ。

 

待つって難しい。母としてもどかしくも苦しくもなったりする。

できないって表立っては意地はるすがたにかちんときたり、本人が自分と向き合ってる姿を見て、可哀想になってしまってもういいよ、と言いたくなったりもする。

 

わたしは、そんな経験をすぎ、声に出さずにそっと寄り添ってみようと思う。

今やっと、2週間ほどのぶつかりの中からわたし自身がどうしていきたいかのこたえをだした。

 

どこにいても変わらない。

それぞれにとって超えなきゃならないことがある。

そう思うたびにどこにいても普通に暮らしてるだけなんだな、と自分の今をみる。

 

今はここにいるし、日本とは違うけど、暮らしてるだけ。

関係の積み重ねは変わらない。

 

わたしは成長して行くしかないし、成長して行きたい。

それを改めて感じてる。

暮らしの中に人とに出会いがあって、支えてくれてる人がいるのを感じ、自分の新しい部分の発見があって嬉しくなって、また未来につないで行く。

前向いて歩いて行くしかないんだよなー。。。うん。ぼちぼち行こう。

 

簡単なご飯。残り物と果物。テーブルで切って出すだけ。忙しさに雑然とするのが苦手。だからそれでいいよなあ。

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田舎のむらのお家のキッチン。窓ガラスは基本的にない、だから中も外もない。

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あさの光の中で作ったおかず。シンプルだから掃除も少ない、片付けも少ない。その分、人とおしゃべりしたり昼寝したり。土の上での暮らしのいいとこはシンプルなところ。

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クモの巣も、ちょっとしたあしのよごれもきにしない。

こっこは昨日から滞在してるターザンみたいなフレンチ兄さんに倒立歩行を教わってる。

手も足も真っ白。やっと慣れて来たね。一期一会バトルはやめて、彼女が楽しいを積み重ねるのをまたもうしばらく待ってみようかな。

彼女のキラキラした目にそう思う。

 

背中を見せる、わたしのあり方をあふれさせられるように自分が日々をそう過ごす。言葉で伝えたいことを伝えて、あとはじぶんがそれをつみかさねてあふれさせるしかないんだった。言葉で人を変えるなんて横柄でしかないよね。また大人の権力、つかっちゃったなー。

 

ありがとうを伝えることが実はとても楽しいことだと伝わるような日々をわたしも積み重ね続けよう。あー、すっきりした!!