日々は優しさで溢れてる。

心に傷を抱えてきた幼少期。我が子を授かり、それに苦しんだ。けれどもね、山が教えてくれたの。いきてる価値は誰かが決めるもんじゃない。自然は平等に、生きるための恩恵をいつも与えてくれてた。生きることの喜びは自分で感じていくものだから。そうして今を生きることを積み重ねてる。

なりたい自分になるためのレッスン。私版。

久々の更新です。

 

なんか本のタイトルみたいになっちゃったけど、笑。

あくまで私のやり方。でもこうして自分で前向きにできることをして行ける日々がうれしい。

自分のために整理します。

 

この2週間色んなことがありました。

たのしいこと、かなしいこと。

もちろん怒ることもありました。

けれども、何でしょう。

最近わたしのなかで、怒りとして表現されることが減ってきたし、怒りをひきずらなくなりました。

怒るのはその瞬間だけで1日が終わる頃には起こったことすら忘れているのです。

どうでもいいこと、の引き出しに入っているのです。

私には良くても子供達には?って自分に問いかける習慣が自分の態度を変えてくれ、怒りで表現したあとに、自分に問いかけるようになりました。

 

今ここで怒りで表現したけれど、私は子どもに、旦那さんに何を伝えたかったのだろう。

そうして改めて、怒りで表現したことを謝り、自分の本音を丁寧に伝えることができる場面が増え、そんな成長過程の自分を受け入れられたことで、ながせるようになってきました。

 

家族との時間の中で、怒りとなって現れても、その瞬間だけ、なのです。

育ちの中で、確実に親から引き継いでいた、毎日、いえ、いつでもイライラしてしまうこと。四年前までの自分はいつもイライラしっぱなしで、小さなことでも怒り続けてきた母を引き継いでしまい、とっても辛かった。

 

子供たちや、旦那さんの重箱の隅をつつくように責めてしまうこと、またー?とおもってしまうこと、消して怒りで表現することが悪いわけではないのに、いかっているじぶんがつらくて、その時間も長いからさらに辛かった。

時間をかけて自分の怒りがどこから来るのか、されてきて嫌だったことを我が子にしてしまうのはなぜか、自分はどう育ってきていまの自分はどうして行きたいのか、と、毎日、本当に毎日見つめてきました。

 

こうしてブログを書くことで、毎日顔を合わせる旦那さんに聞いてもらうことで、一つずつ、自分のことが分かり始めました。

子どもの頃の記憶は残念ですが、旦那さんの5分の一以下しかありません。

けれども自分に染み込まれた記憶が、自分の行為となって、不安となって現れてるのかもしれないと感じ一つずつ整理をしていきました。

 

そうして、そんな日々を積み重ねる中でようやっと自分が見え始め、自分の育ってきた辛い記憶が怒りとなって現れていること、してもらってきたようにするしかないからいかりでひょうげんするしかなかったということがみえ、はっとしたのです。

 

私がなぜ怒るということに敏感なのか。

人間だもの、怒って当たり前でしょう。いいんじゃない?

そう多くの人に言われながら、わたしはなぜそこまで嫌だったのか。

 

それは自分がされてきて嫌だったこと、だったから。

いつでもご近所さん、親戚とぶつかり合う母が辛かった。周りの人に申し訳なくて自分は母がぶつかった次の日でもいつでも笑いながら挨拶をするあの感じ。あの微妙な雰囲気。母の積もった父への怒りで、一時期父と言葉を交わせなかったあの時の家族の違和感。

なぜ母はそこまでいつでも怒るしかないのだろうという不思議と悲しさ。

子どもである私は母の幸せを祈ってるのに、私は母に対してはそつなくこなしてきているのに、なぜ嫌なことしか見えていないような表現するのだろう、と不思議だった。

 

でも旦那さんと出会い、我が子が生まれ、ここをなかったこととして引き出しにしまい込むことができなくなった。

自分の本音は幸せな日々を送りたかったから。

人を傷つけることの恐怖を背負った日々を送りたくなかったから。

 

いまはそうおもいます。

けれども四年前は必死すぎて気づかなかった。

四年という時間、自分が嫌だった自分の習慣を見ようとしてきたこと、それに対し、どうして行ったらいいのか、焦りながらも時間をかけてむきあったこと、その経験は今、自分が苦しみと直面する時の勇気になって私の中に凛とそんざいしています。

 

自分と向き合って超える必要があると判断したこと、自分の問題って自分で超えなくちゃならなくて、どうしていいかわからなかったり、たくさんの自分の過去や不安、人との関係と向き合う必要があるから本当に苦しかったりするけれど、ここを超えたらもっと生きるのが楽になる、そういつでも思えるようになりました。だから課題の時がきたらジタバタせずに、一つずつ、時を待ち、必要な整理をし、いつまでに解決したいと決めずに、ゆっくりと今を超えて行く。積み重ねて行く。その感覚が身についた。生きるのが楽になりました。

 

私の中で怒りや不安に対する恐れの塊がほとんど消えていることを、今、感じています。

心の何処かにある怒りと不安が見えた時は、大事に大事に自分が恐怖で震えないように、それはどこからきているものなのかを開いていけばいい、そう思っています。

怒りと不安と恐怖は私をとても悲しませるので、これが見えた時に蓋をできないことを知ったから。

 

ある時はまあこんなに悲しいんだね、という気づきだけを、何もせず心の戸棚にわかるように置いておいて(原因のわからない悲しみは違う形で繰り返し、いつかそれがどこからきているのか、気づけるから)、ある時はここを超えるのはどうしたらいいかを考えるためにブログを書いたり、旦那さんに聞いてもらったり。母との関係を理解するために親戚に母の子供の頃のことを聞いたこともありました。母が自分を理解していなかった分、本人に聞いても仕方なくてじぶんから理解する方法を選んでみる。怒りや悲しみ、不安という感情のままでは、自分が腑に落ちる整理ができないのでまずはそこを解決して、自分の中でこれは仕方がなかったのだと、相手を理解する努力を自分でするしかないから。

 

もちろん母とのことは親であるがゆえに、時々、どうしてこんなに課題を私に与えてくれたのか、と怒りたくなることもあります。けれども、自分が小さな頃から抱えてきた、なぜ自分はこう生きているのか、という疑問を一つずつ腑に落としてくれています。

 

この苦しみの塊がようやく整理され、自分が生きてきた上での怒りが溶けてきたようなのです。

今の自分、は怒りたいならおこればいい。けれどもやっぱり怒ってる母が辛かったから怒りじゃない表現にできるといいな、と自分におもってる。その結果、怒ったあとには自分の思いを伝え直す習慣がつき、自分の中でああ、わたし今、また怒ってるなー、残念って思う自分がいて、怒りに飲み込まれなくなったし、家族も今は楽になったなーって言ってくれるから、今の自分をすこし甘んじてる、笑。ああ、またやってる。嫌な思いさせてごめん。もう仕方なくて、これは全て解決するには一生かかりそうだ、ごめん、っていえるようになった。そうして前より全然良くなったからいいよ、って言ってくれることにまたも甘んじ、おこりながら、そりゃ、もっと怒らないで伝えられる人になりたいけどさ、悪いと思ってるけどさ、おこりたくなっちゃったんだもん!!!!!って言いながら怒れるようになった、笑。

 

自分がどこにつまづいているのか、日々をどうしながら生きて生きたいのか、家族や周りの人とどんな気持ちで過ごそう、どんな関係を気づいて生きたいのか。

自分はどんな表情をしてる人でありたいのか。人情というのは溢れ出るものでその場限りいい人を演じるのは無理ということがわかった今、自分は日々の自分に、日々人とどんなふうに関わることでどんなことが溢れて来る人でありたいのか。

 

それをきづかせてくれるのが家族。

日々共に暮らし、私の多くの感情を知ってる家族。

今気づけば、私は自分を知るために、旦那さんに話を聞いてもらい、自分が言葉にしたことでせいりされ自分が見えた。苦しみ、つまづき、嬉しさ、言葉にできない感情。

そうして自分がどうやって生きたいのか、ブログに書いて自分をもっと知る作業を深め、自分が何を知りどう変わって行きたいのか、知ったり、考えたりしていきました。

そうして、私は自分の気持ちを軽やかにしなやかに、楽しくいきていきたいことを知り、家族との時間の中で、そう自分がするように挑戦して、調整し、もっと自分を知り、ついでになりたい方向に一歩ずつ歩いて行く。

 

私にとって家族が、自分のカウンセラーでした。

自己啓発のような本を読んだり、心を緩めるカウンセリング、自分を見つめるワーク的な講座を受けたり。でもそういうものっていちにちかぎりだった。それにね、関係の深まってない人に話すのが恐怖も伴うよね。根本的なとこが解決するにはかなりじかんがかかる。いろいろしたけど意味がなかったのは、それを日々の中で実践し、気づき、自分のものにしてやっていく、すなわちね、家族との時間の中でやってみてごらんっていう手法がなかったから。

 

家族の中でなりたい自分になるための努力を積み重ねれば、たくさんの失敗もせいこうもできる。そうしていけば、それはもう日常で、習慣になっており、自分の一部になっており、家族が喜んでくれるよね。そうなって一番嬉しいのは自分だよね。

 

そうして自分がなりたい自分、が溢れてくる。

それを今実感しています。

 

物事ってことばでつたえるものじゃないのかもしれない。

 

息子がわたしのそばで生きてくれたことで感じていること。

だってね、小さな男子ってね、しつこくするのやめてよね、って100回言ってもわかってくれない。兄妹喧嘩になるのは大抵にいちゃんしつこいから。500回以上はいったよね、1日3回として三年くらい、3000回かな。大きくなって経験つんでくれて最近ちょっとだけ分かってくれた気も、する、笑。

そういうことをしってね、わたし、男子は100回言っても覚えてくれないからもういいよねー、とりあえず言っとくけど、結婚する頃にはわかっててくれたらいいやー、と思えるようになった。あと、言葉でもののありかを教えてもさがせない、笑。目の前にあるのに、笑。

愛しい男子の特性だと思ってもういいかーってようやく受け入れられるようになりました、笑。

 

ちょっとはなしそれました。(もののありかは伝わってほしいけど、笑。)。

つたわってほしいことって、自分の行為から溢れてくるものなのかもしれないっておもうのです。

そうしてふとね、だから、背中を見せる、なんだね、ってちょっとその気づきにはっとして。

これをああして、あれをこうして、じゃなくて、自分が自分に対して筋の通った生き方をすることで、考え方も思いも溢れて行く。背中を見せる、ってその行為ではなく自分のいきかたのなかで大事に思うことを溢れさせて行くこと、なのかなって。

 

言葉でなく、溢れる想いで伝えられる人間になりたい。

そう思いながら家族といる時間。

たくさんの時間寄り添ってくれた家族のおかげで私は以前よりずっと自分が愛おしくなりました。

母との関係も、自分の辛かった過去も今やっと受け入れ、そんなことも含めて、積み重ねてきた自分の生を抱きしめながら、自分の心と身体で今を生きることを楽しめるようになりました。

過去を恨む必要もなく、それしかしらないじぶんに焦る必要もなく、ずっと変わって行ける自分を信じて、比較せず、おそれず、ゆっくりと。今どんな自分で生きていたいか、自分の生を一瞬でも多く楽しめるか、時には楽しめなくてもいい、なるべく穏やかに受け入れられるか。

 

家族に感謝をしています。支えてくれた人生の先輩たち、おともだちにもただただ感謝しています。どんな小さな変化でもそれが自分を好きになって行くステップになってゆくのだから、もはやお礼の品では返すことはできなくて、家族に愛される自分で生きて行くことで、子どもたちや旦那さんに幸せでいてもらって、みんなで優しさを溢れさせて行く日々を送りたいなと思う日々。

 

今年のタイでの生活はどんなことがあっても、穏やかな気持ちでいられ、たくさんのたのしいことが訪れ、毎日、自然の神様に、ここでくらすみんなに、時折メールをくれるおともだちに、、、、とおくにいる自分の暮らしを支えてくれることや人、ものたちにありがとうと思う日々。

今、自分の心が平穏なことが奇跡だから、ただただありがたいのです。

 

なりたい自分になるためのレッスン、わたし版。

ちゃんと自分にもつたえないとな。

苦しみを超えてくれてありがとう。

 

なりたい自分になるためにゆっくり歩いて行くわたしは未来に何を残せるのでしょう。

我が子たちも自分のやりたい気持ちを大切にしてくれています。

パパのお誕生日をするためにここにあるもので何ができるか考えて作るというので手伝いました。

トロピカルフルーツがアレルギーのこゆもたべれるようにサツマイモで甘みをつけた蒸しパンとバナナで甘みをつけた蒸しパンと半分ずつ。

朝早くから2週間ぶりのパパの帰りを待ちながらご馳走を作ります。

f:id:yurukkosae:20190223163630j:image

 

大ちゃんのデコレーション。朝早くからアメリカンの人とマーケットについて行って自分でいきたいばしょをつたえ、オレオを買って来ました。やりたいことのために自分でこえた、言葉の壁。
f:id:yurukkosae:20190223163636j:image

最高のお誕生日だね、ゆうき!
f:id:yurukkosae:20190223163644j:image