山暮らしをしながら考える。その1、農のこと。

一年かけて食べるお野菜を自分で作るということ。

 

を、私たちの世代は知らない。

もちろん私もそうで、今年、それを半年と少し経験して思ったことがある。

 

旦那さんと子供達という核家族の暮らしの中で、そして今の世の中の状況的に無理だっていうこと。

私は自給自足をするために、まだちいさなこゆを保育園に通わせるつもりはない。

 

一緒に暮らすという経験を積み重ねる中で伝えていける私の思い、生き方、愛は計り知れないものだと思っているから、この感受性豊かで、私を求めてくれるこの時期を人様に委ねたくないなあと思うから。本能で親を求めている時がきっと一番、関係が深くなって行くはずだろうなあと。この時期にしっかり関係を気づけたら、あとは本人が家の状況も感じて、自分のベストの人生を歩んでいってくれるんでないかと思ってます。だから大きくなってからからの学費の心配をするより、今のベストにかけてみる、そんな生き方をしています。

 

なのでこゆといっしょにようちえんに通ったり、気持ちが不安定な時は、2人の時間を作って彼女の気持ちに寄り添ったり。大ちゃんの時はそんな気持ちがまだ私の中に育ってなかったから彼は今も現在進行形で関係を深めているのでこれは同じ。

家族関係にかけたい時間も多いから、正直一年分の野菜を自分メインで管理するのはやはり今は無理だって改めて感じています。

 

種を植え鉢で育て、大地に植え替える。芽かき、間引き、雑草抜き、支柱たて、野生動物から実を守る作業。そして収穫の終えた畑から待つ次の季節に向けての野菜を植えるのです。秋を過ぎると冬支度も入ってくるので、これもまた想像を超える作業量。これに日々の食事作り、掃除、いまは家づくりも入ってきます。

 

我が家は家族でどう今をいきたいかをメインに考えてるから、雑誌のようなステキな自給自足をするのは無理だね、そう旦那さんと言っています。なので自分たちは楽しんでるけど、ステキには見えてないと思います、笑。

 

だからもちろん、ブログを綺麗にして発信するもの今は後回し。記録の範囲を超えてません、笑。

日々、生きたいように暮らしてるぎりぎりのところです、笑。

 

私たちの世代が農作業をするには多くの場合、片っ端から情報を頼らないとわからないことだらけの世代だろうと思います。だからちょろっと庭で菜園も簡単ではないですね。楽しいけれどもね。

 

いろんな自給自足をしてる人がいます。

それぞれが大切にするところは違うんだなあとふとおもう。

私たちは自分たちで暮らしを作ってみる、という実験、といったほうが近いかな。

自給自足より、助けてもらってるほうがよっぽど多くて、でも実は、こういうことが、古き良き暮らしだったのかなってふと思った今日の畑作業。

 

今日は室で保存するためのジャガイモの選別。

5時間くらいかかってようやく終了。

これをもう少し寒くなるまで紫外線があまりかからないよう保存するのが難しいのです。

写真はとりわすれましたが。

 

うちの敷地内で石拾い。

何億年もの歴史が詰まった石たち。

思いをはせるとすごく楽しくて、拾ってから、これを先日できたお風呂の床に埋め込みました。

自分で作るって思いも自然に詰まって行くものなのだなあと思います。

ものを大切にしようとか、食育で農家さんのご苦労を知ろうとか色いろ言葉は飛び交っているけど、暮らしの中にこういうことがあることが、そういう気持ちを自然と育むのかも、しれません。

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大好きなお父さんやお母さんが大変だから手伝ってあげたら喜んでくれた、お手伝いの元祖はそこからきてるものなのでしょうね。親子関係の積み重ねの中で生まれてきた優しさに本気で嬉しいな、ありがとうって大人が返す。お手伝いは偉いわけではないし、ましてや宿題や約束にするものではないと思うので、夏休みにそんな課題が出て書いてきても私はスルーしちゃってるのでうちの子は忘れてます、笑。。その人の思いから生まれた暮らしの中の自然な行為、な訳で、ふとそうしてもらった時の子どもへの感謝の思いはおおきいです。助けてあげたい、って思ってくれたことが嬉しくて。

 

そうして一番近い人との関係の中で交わされた思いが、相手の状況を想う、ということに繋がって行くのでしょうね。我が子が日常の中で想いを馳せる時をどれだけ邪魔しないでいられるか、その経験を見守れるか、が私のまだまだ未熟な課題の一つです。

 

農のこと、書ききれなかったのでまた次に。