日々は優しさで溢れてる。

心に傷を抱えてきた幼少期。我が子を授かり、それに苦しんだ。けれどもね、山が教えてくれたの。いきてる価値は誰かが決めるもんじゃない。自然は平等に、生きるための恩恵をいつも与えてくれてた。生きることの喜びは自分で感じていくものだから。そうして今を生きることを積み重ねてる。

その18 旅に出ると思うこと。

旅に出ると気づくことがある。なんとなーく今回もそんな時間がもてた。

 

最近、子どもたちが一日中わらわらくっついてきてくれるので、「しばらくはなれてくれーい!」と思ってたけどね、今日は自分が一時からねれないもんだから久々に自分時間満喫。

 

子どもたちが離れない理由はなんだろなあ。それによって自分がいらっとしちゃうのはなんでだろなあ。いろんな自分の出来なさを受け止めきれなくなるのはなんでだろう。受け止められない時もあるけどね、それも人生だけどね、なんかウサウサしててもったいない。

 

人生なるようになるしかないし、したいようにするしかないからね。

 

したいように、、、、あ、ここに来ても私、まだ家族にも、自分にもうるさいんだなあ。。

 

したいようにしてないときに、ウサウサするんだなあー。

 

したいようにしたらいい、ただそれだけ。

 

自分の今の気持ちを無視して思い込もうとする癖があることを思い出す。

最近は、したいようにしてる、そう思い込む癖があったのかー。

 

もっと今、今で、気持ちを柔軟にしていけばいいのにねー。

旅に出てその場所その場所楽しむあの感覚のように。

 

「〜してくれないなら、今度からあれ、しないよー。」というコユに、「〜したいんだけど一緒にしない?」って言えばいいのにー、素直に表現するだけなのに、っていいながら、自分が1番素直じゃなかった。我が子はカガミって本当だねと、またも痛感。

 

相手の気持ちを変えようとして言葉を選ぶんじゃなくて、自分の気持ちを表現することで伝わるのを待つ。そうすればいいのは自分でした。相手も自分も、今、今で、変わってゆくのだから。

 

幸せ?って聞くと「うん、幸せ!」と即答できる思い切り今を好きなことで生きている我が子たち。私は母にしてもらったことでそんなとこまで育ち直せるのかもしれません。そだちなおせるとしんじてます、

 

子どもよりずっと時間をかけながら。

 

村長さんと息子くん。これからカゴしょって家族でお買い物。小さなうちはどこで過ごすにも家族と一緒。この安心感があるから、ここの子達は、おおらかに育っているのだろうと想像します。家族は安心基地。家族が過ごす地域は安心できる繋がりがあるといい。我が家のこれからもそうであるようにいのりながら。

f:id:yurukkosae:20180202070450j:image