日々は優しさで溢れてる。

心に傷を抱えてきた幼少期。我が子を授かり、それに苦しんだ。けれどもね、山が教えてくれたの。いきてる価値は誰かが決めるもんじゃない。自然は平等に、生きるための恩恵をいつも与えてくれてた。生きることの喜びは自分で感じていくものだから。そうして今を生きることを積み重ねてる。

パーマカルチャー暮らし14日目

昨夜はチキンスープだったそうです。わたしは昨日はもう十分にいただいたので夜ご飯を控えるために、うちに残ります。昨年ここで暮らして、お肉もお魚も土曜日しか食べなかったので、冷蔵庫を無くしてみました。週に一度かいものにいったときに、生ものを買っていましたが、その買い物も十日に一度になり、二週間に一度になり、気づいたらお肉もお魚もほとんど買わなくなっていました。いただいたのでチキンや鹿肉を食べるくらい。これがイベントのようで楽しいのもあって、それで十分なのでそんな生活をしています。

なので久々のチキンスープを楽しみに出かけた家族たち。しかもこの農場でいただいた命。首も落とさず丸ごとお鍋に入ってます。私もどんな味なのかなと気になりつつも、身体がお腹いっぱいだよーっていうので、みんなに感想聞くのを待ちます。帰ってきて、美味しかったよーと大ちゃんと旦那さん。

コユは食べなかったそうなので、「なんで食べなかったの?」ときいたら「怖いから」。昨年、ここに来るまで、我が家では週の半分は夕飯にお肉が出ていました。けれどここにきてから コユはお肉をほとんど食べなくなりました。新鮮で臭みがない脂身ばかりでない豚肉。先日もホテルでいただいた時、美味しいなとわたしも思ったものです。家族がどれだけ美味しいよーと言ってもめったに食べないコユ。彼女の中で感じるものがあるのだと思います。市場での屋台に並んだ目の前で部位に分けられる豚肉、おかれた豚の顔、チキンの姿、そこでなく裁かれる前のリアルなカエル。解剖のように綺麗に開かれたネズミ、水からあげられ、エラをパタパタするお魚。色、匂い。。。

そんなコユが今年はチキンの丸ごと煮を目の当たりにして、その場では恐れるでもなくみていたそうです。でも自分は怖いから食べないという選択をした。これからどうなってゆくのかな、って思います。身体が必要になったら食べるのかな?お肉だけではなく、彼女は自分で、自分の感覚で食べるものを決めている。きっとこれって本能なのでしょうね。大ちゃんの時はこれをこれくらい食べて欲しい、そう決めつけていた自分を反省しつつ、コユのそんな姿を見守ってみたいなあと思っています。自分を取り巻くものがどうやってきているのか、それを知っていきてゆくこと、自分の身に関わることは自分で知って選択をしていけたらいいんじゃないかなあ、そうやんわりと思います。

 

    今朝の食卓。ご飯と野菜炒め、フルーツサラダ、ビーフンです。こうして床に並べて、みんなで食べます。

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   今日はタイのお味噌を作るそうです。教えてもらって明日レポートします。

 

   昼間は昨日歩く時間が長すぎてたらなかったネットをつなぎに出ます。片道1時間、みんなで手をつないでのんびりゆっくり。そばのカフェがお休みだったのですがネットを繋がせて欲しいとお願いしたら果物とお水を出してくれて、ありがたい優しさです。

 

   昨日ののサタデーマーケット。手も洗わずてづかみの子どもたちですが元気です。もちきび、生春巻き、唐揚げ、カオニャオ。竹かご持参で袋の使用をへらします。だいぶシンプルな食事になりました。

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   昼ご飯はガット パーオ。豚肉のバジル炒め、目玉焼きのせ。香草も美味しい。そえられたきゅうりも。こちらのは大きいので皮をむいてあります。でもスープが甘い、、、、笑。

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