待てる人になりたいから。

    これって実は奇跡なんじゃないかと思う今日この頃。

 

   昨日も書いたけど、5日かけて作った麹が、失敗に終わりました。ただ、麹としては機能しなかったけど、他のものとして私たちを助けてくれたから、ありがたかったけれど^_^。今までは、麹を買っていました。だからね、まず、麹というものがどうやってできてるのかも考えず、簡単に手に入った。けれどね、今回はそうはいきませんでした。

 

    麹を買ったら、必ず、「麹」というものが手に入る。そしてそれが旦那ものかイメージし、こんな風になるっていうイメージができる。けれども、それってすごいことな気がします。

 

    便利って、電化製品、コンビニだけじゃないんだー。。。

 

   そうして気づいたこと。こうしてすぐ手に入ってしまってきたから、私は、待てない人なんじゃないかってこと。。食べるものも、今使いたいものも、暮らしが待てないことばかりでできてきた。だから、今すぐ欲しいって思ってしまうんじゃないかってこと。

 

   そして、「当たり前のように」そこにある物、コト。。当たり前のようにいうな、って親に何度も言われてきたけれど、そんな暮らしがあったから仕方なったのだと思います。誰がどんな風に苦労してつくってくれたかわからないまま、そこにある。そんな「当たり前」が、今の現実にあふれているなあと。人の優しさに、してくれてる事に、気づくことができない、そんな暮らしになっている部分があるのかもしれません。

 

    自分で作ることは、待つこと。トモエの園長が「(我が子の育ちを)待つことは愛」っていうけれど、待つことのできない文化になりつつあるのかもしれません。自分で作るって待つことがたくさんあるし、人力での作業は、ひと月で一戸建てを建てる作業なんて到底無理で、でもそうして、ものは出来上がってゆくんですよね。ものが溢れていることよりも、そういうことを想像した上で、本当に欲しいんだって確認して、手元に置くことができなくなったことが、問題なのかもしれません。

 

    こうして麹ができるまで、待つ。失敗したらまた挑戦するのに5日間。また待つ。出来上がるまで、時間をかけることを受け入れて自分のペースでやってゆく。そうした暮らしが、自分の心が「待てる」事に繋がっているのかもしれないなと思います。昔だっていろんな人がいたでしょう。きっと、待てない人もいたのかもしれません。でもその暮らしが人々を 「大らかに 」「待てる人に 」してくれていたのかなって思いを馳せています。

 

    待てるって、自分がもっと楽になると思うんです。今の流れをそのまま受け入れることができるから。世の中のスピードって実はすごく早いなあて思うんです。特に会社の中とかは。。自分のペースで、なんて言ってられない。私もそうでした。だから苦しかったんだろうと思います。

 

    待てるようになりたいから、自分の暮らしのペースも見直してみよう、そう思っています。暮らしの中では、結構、できない事、失敗することが当たり前のような私なので。(今気づきましたが笑。)。そしてそれを前提にしたら、やりたい事はとりあえず挑戦してみる!って法則も成り立ちますよ笑。

 

こんなに綺麗なのに失敗した麹さんたち。でもいろんな気づきをもらいました。ありがとう。

This is koji. I made this.But this time is not success.

 

But I noticed important things.Handmade can not decide success and expect.So if I didn't success, I have to try again.This need more time.And almost handmade need waiting.

 

Now in many countries, everyday pass time very fast. I didn't know slow feeling.

 

We need waiting to myself,person and my life. We change our life, this help ourself.Because this is comfortable that I can wait a lot of things in my life.

 

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ドライきのこが大活躍。見切り品のきのこがあったら迷わずかおうと決めました。お味噌汁星人の我が家族、1日分をまとめて作るから具材がなくなった時に投入。ストーブの上で干すと早いし、すごく甘くなるのにびっくりです。つい、つまみのように食べてしまいます笑。

 This is dry mushrooms. I made on the stoub.My family like miso soup.So this is easy!Lucky!!

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何もしない時間を味わう。

   昨日、今年初めてのふきのとうのお味噌汁。

 

「うんうん、この香り。春だあ。。」

 

   コユ以外の3人、ふーふーしながらいただきました。コユにはデトックスはあまり必要ないようで。

   この日はふきのとうの芽を見つけ、落ち葉をかき分けたら一度に7つも。大ちゃんの靴が埋もれ、助けてもらったお友達にもおすそわけ。「ありがとう、いいのー?」なんて言ってくれたけど、私たちも自然からいただいたものなの。今までは必死に生きて来たから、人様に分けるなんて本当にたくさんの時しかできなかったけど、これからは少しずつ分け合っていきたい。私も自然から分けてもらって生きているんだもの。

 

   麹をつくったけど、タネ菌ふるのがうまくいかなかったのか、うまいこと菌が増えなかった。麹になった部分とご飯のままの部分、ご飯のままの率が高くなってしまいました。以前はそれでも甘酒になったけど、今回は残念ながら失敗。玉ねぎの蒸し煮に、昨年仕込んだトマトの瓶づめいれて作ったトマトソースと混ぜて、ご飯にかけてグラタン風。ついでに発酵始めちゃった豆乳混ぜたら、チーズかけたようにクリーミーになって美味しかった。ノンオイル、調味料は塩のみで、ちょっとトルコ料理風、笑。次回はあえてそうしてみよう。

 

   トマトの瓶詰めはあと6本。2ヶ月、もつかな。

 

    あとね、来週あたり、ハーブソルトを作ります。今年ハーブガーデンができたらそのハーブで作れるようにしたいけど、今は、ハーブの朋さんに教えてもらったレシピでやっています。去年亡くなった朋さんの優しい味のハーブソルト、我が家の塩で我が家の味になっています。

 

    一年前と劇的に変わったわがやの食事。調味料もシンプルになって塩、手前味噌、酢、醤油、メイプルシロップ。ソースもマヨネーズもドレッシングも使わなくなりました。そして時々、ハーブソルト、スパイスソルト、ひしおやしょうゆ麹

 

    一緒にやりたーいって方いれば声かけてねー。材料費プラスちょっとでやりたいなと。私にとって暮らしの中での一コマだから、生活するように、その方ともできたらって思っています。

 

    今年は誰かと暮らしを分かち合うことをしてみようかなと思っています。その理由は、これは使いたくないけど仕方がないと言いながら便利に頼って暮らして来た過去。それをやめたいことが1つ。1人じゃできなくても誰かがいたらできることが増えます。そして、レジャーに頼らずに、日常の中に、ちょっと嬉しい、ちょっと楽しいをエッセンスのようにいれて行くことができたらいいなって思ってるからやってみようというのがもう1つの理由。

 

    何もやることがなかったらぼーっとしてたらいい。歌をうたっててもいい。ゴロゴロしていてもいい。そんな時間、そんなじぶんをかんじるじかんもたいせつだとおもいます。本読んだり、頑張って何かすることもない。忙しい世の中だから、なにもしない退屈な時間も結構大事だと思いませんか?退屈を味わう。。昔の私は羨ましがって、贅沢って言うと思うけど、自分で忙しさをを作ってる現代人の癖。そこのところの思考が変わったのだろうな。

 

   ( そんなわたし、今日はなんとなくだるくて、そんな日は外に出ちゃえ、ってしがちだけど、あえてこもってみています。身体が本当に疲れを発信してくれてるのかもしれないから、自分の身体をしっかりみてみようと思って観察中です。)

 

    そしてもうひとつ。人と一緒に過ごす。これも頑張らずに、暮らしの一部として。日々の中に気張らない、人との時間、タイで過ごしたあの時のように。私たちの話を聞いて行きたいなあって言ってくれる方もいるけれど、忙しく行って帰ってくるのではそれを感じ切るのは難しいと思うので、そんな経験もここ日本でできないのかなあと思っています。

 

   暮らしを分かち合う。とりあえず、自分でできること、やりたいことから、やってみよーっと。

 

   白樺の樹液。まだ取れる量が少ないけど家族ですこしずつ、毎日いただいています。雪の残るフィールドで取れた朝一番の冷たい、白樺の命の水。森に、ありがとうと伝えながら、身体にも今日もよろしくと話しながらいただきます。こうして生き始めて思うこと。こうして人も動物なのだと感じる。自然の一部となのだと感じる。

 

   これをいただけることが贅沢だとしたら、すぐ外食ができ、欲しいものも手に入る世界はどうなのかなって思います。どちらが贅沢なんだろう。。。。自分が持っていないものに対する憧れが 贅沢 という言葉になるのかなあ。。

 

   This is sap of white birch. In Sapporo,we can  still look snow. So We can drink cold sap. Thank you for blood of tree. Thank you for nature. And thank you for my body. I feel my body is also nature.

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私のブログ。

   今朝、旦那さんが言ってくれました。私のブログはエッセイだよねえ。。いつも長くなってしまってすみません。けれど、これを描く一番の理由は自分のため。正直に申し上げると、自分の考え、感覚を自分の心で整理するため、というのが一番の理由なのです。もし、どなたかが読んでくださり生き方の中でシェアできることがあったら、シェアしていただけたら嬉しい。

 

   でも、これは私の経験であって、どんどん伝えよう、とかこれが正しい、とかは全く思っていなくて、私が生きていきたい道のりを、自分の経験から記録したり、試行したり、表現したり、ただただそれだけにすぎないなあと思いながら、公開しています。そしてそれは日々を積み重ねる中で、新しい気づきをいただき、また変化していくこと。

 

   今の私は、生きることが少し、楽になった、そして楽しくなった。TVの世界は悲しい事件ばかりを取り上げることが多い気がしているので、嬉しい気持ちをこうして表現することも意味があるのではないかなと思っています。

 

   私はいろんな人に出会わせてもらって、大人になってからでも愛を感じられるようになった。問題を抱えた家庭で育って来た私ですが、お母さんとの関係も自分が出会って来た方々から気づかせていただいたことで時間をかけて癒され、もう誰も恨んでいません。でも、それは私に、「今、あなた苦しんでるでしょ?何に苦しんでいるのか目をそらさず、見つめて超えてごらん。」と言ってくれた人がいて、支えてくれている人がいることを知り、愛を感じ、あまえることができるようになったから。そんな私を支えてくれる人との出会いに気づけるような自分になり、そんな出会いの機会を幾度も頂いたから。そして、そうして少しずつ自分に希望を持ち、行動できるようになっていったから。

 

   そう、私は人との関係で変わってゆきました。そうしてそんな私を見守るかのように自然が存在していることを知りました。自然の中から人は生まれた。そんな自然は、理屈ではなく、人を変える力を持っているのだと思います。私は自然がどんな仕事をしてくれ、どんなに私を支えてくれているのか、まだまだ理解できていません。それは自分の身体に対しても同じ。私の心臓がどう動き、どんな風に微生物の助けをもらっていきているのかも知らないことだらけです。そんな私が、これからの未来に希望はない、なんて言えません。希望を持ちたい。悲しい ニュースではなく、希望のニュースを表現してもいいのかなって自分のために、ここに綴っています。私はきっと、自分を愛することの大切さを、子孫にどんな世の中を残していきたいか、具体的に考えることの尊さを、気づかせてくれる人々と出会えた 、ラッキーな人間。昔の苦しみは、きっと私がもっと豊かになれるように与えられた課題だったのかもしれません。かわいそうな人とも言えるけど、自分をどう表現したいかも、自分の思考次第なので笑笑。

 

   でもね、たった1つだけここで伝えたいことが今、わいてきました。そんな「自分を支えてくれる人との出会い」というチャンスは、私だけでなく誰もが与えられているのかもしれないということ。ものが豊かになっても、人の心は自分だけではいきてはゆけません。それは一般論ではなく、私の経験から、かんじていること。愛をもらって、自分がこうなりたいと思い描いて、自分を愛せるようになって、幸せを感じることができる。そうしてそれを超えて、相手が喜んでくれることをしたいと思う。

 

   そんな過程を、支えてくれる存在が自然であり、人であると今は感じています。もちろん家族でなくても、本当に愛してくれる人であれば大丈夫。なるべく小さいうちにそんな人と出会えればもっといいけれど、大人になってもきっと大丈夫。、、、、と短く終わらせる予定がいつも長くなってしまいます。。

 

   くるくるくるくる、考えてしまうそんなこと。今朝は久々にスイッチが入り、怒った私。コユってば、私のお財布から小銭を出して遊び始め、仕分けしたポッケの中身をまぜこぜにするんだもの。スイッチの入った私は、「いい加減にしてくれる?」といきなり、怒り口調でいい、「ばかばかばかばか。」と、言い。。。けれど、止まらなくなる、きづいて、奮い立たせて一呼吸入れに。「ちょっと怒りが止まらないから足湯してくる。おうちから居なくならないから、1人にさせてね。」と、お風呂場で足湯。身体があったまれば、頑張って意識を変えなくても、自然に気持ちが変わってくるかなと、アロマオイルをたらし、足湯すること10分。

 

   案の定、やめてほしい理由も言わずに、大きな声を出すのはなしだったなあ。。と自分が反省。お風呂を出て謝りにいきました。「理由も言わずにバカって言って大きな声出してごめんね。」と抱きしめる。うん、って笑顔になりながら「コユもごめんね。」と言ってくれるけれど、コユは何にも謝ることしていないのになあ。。「コユは何にも悪くないよ。伝えてなかったのは私だから。でも仕分けしてあるから今度はまぜこぜにはしないでね。」と伝えて、「ごめんねー」、連発の私。。

反省だけど、怒りをエスカレートさせて 「あれ以上、コユを責めなくてよかった。うん、動けた自分に、わずかな進歩。なりたい自分になるための成長過程。」と心の中で今の自分を受け入れて、このことを引きずらずに今日の日を過ごして居ます。私がいなくならないと信じて、怒られて涙したのに私を1人にするために待っていてくれたコユに感謝といとしさがあふれます。ありがとう。

そんなこんなはあるけれど 確実に自分は変わっている。穏やかな日々を過ごすために。素直に過ごすこと、私たち家族の共通の生き方です。

 

もう1つ。

そんな素直な旦那さんと最近話すこと。大人って 何だろう、子どもって何だろう。

身体が大きくなること?でも経験はつみかさなっていない人生もある。
知識があること?でも知識があっても幸せじゃなさそうな人もいる。
社会でお金を稼ぐこと?でも生きるのがつらくても頑張り通しながら働く人生もある。
素直な表現をするのは子どもなの?
大人になったら好きなことばかりしていてはいけないの?

わからないことだらけ、です。。

 

さてと。。うるかすのに2日もかかりました。これから麹を仕込みます。まずは蒸し米を作ります。昨日に続いて本日は三段調理!!玄米も炊けました。あとはストーブで作ったカレーでご馳走。いろんな料理を作るのではなく、新しい暮らしを創造し、体験することが楽しみになりました。わあい!!

 

   I am making koji.I can make miso from this. I steamed rice. Then I cooked brown rice with this.This is eco cooking! Yeah!!

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久々の発酵器、旦那さんのお手製。本日めでたく命名。「ぷくぷくゆうきくん」今年もよろしくねー。しばらく使って、改善箇所が出てきたので、旦那さんに直してもらいました。

 

 I made koji.After steamed,I putted koji bacteria.I hope they grou up fine!!

   種菌つけて。。

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My husband made famented machine for koji!

ぷくぷくゆうきくんへgo!

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タイ料理に挑戦。。

   今日はトモエのお友達一家が来てくれるということでご飯作り。せっかくなのでタイ料理でお迎えしました。人参でソムタムを作り、カビのアレルギーの心配があるからうちではピーナッツを使ってないので、クルミで代用。ついでにスクイーザーもないのでハンドスクイーザー でレモン絞り笑笑。写真撮り忘れちゃったけど、ステンレスのレンゲでよくしぼれます。アイデア勝負の人生、結構面白い物のすくない暮らし。

 

    そしておなじみ米粉麺の焼きそば。パッタイ。そして大ちゃんがトモエのこどもまつりで笹の皮を包みに使って作りたいといっていたもち米とバナナを蒸したおやつ。トムカオパット。去年、カオニャオマムアン(もち米にマンゴーを添えたデザート)をつくったら油っぽくなっちゃったので今回は缶詰のココナッツミルクを薄めて使ってみたらグッド!!缶詰は機械で絞ってるので、ココナッツから自分で絞るミルクより、濃厚すぎてちょっと重くなってしまうんですよね。クッキングシートを結構使っちゃったけど、美味しくできました。もう少しあったかくなったら、フィールド産の笹の葉でチャレンジしようと思います。

 

I made Thai cooking. This is steam sticky rice with banana.And I steam this. 

Then I have ecological idea. I made sweet and breakfast here. Under steam pan,I put another small pan. Please look another photos.

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   でも1つ思いました。ココナッツミルク好きだし、タイ料理も好きだけど、この地で取れるものでないから、フレッシュじゃないし、添加物の使用も免れない。もちろん輸送のエネルギーもハンパないはず。考えて見たら当たり前のことなのだけど、感じてなかったな。いろんなものを食べて来たから気づかなかったこと。身体にとって 色々なもの は必要ないのかもしれません。その地で取れたものをなるべく手間をかけずにいただくことが、心にも身体にもベストなのかもしれません。だからこれは特別メニュー。でも、そんなお楽しみも時にはイイ!

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   旅するコピーライターのみずほちゃーん、これ見てもらえるかわからないけど、今度会う時に、これ作って待ってるからねえ。お腹空かして来てね。

 

 

   さてとトムカオパットを蒸すのに、30分。エネルギーがもったいなくて二段調理に挑戦しました。下で五目豆を作り、セイロで蒸しおやつ。そして。。。

This is ecological cooking.

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    できたあ!!これ、いいです。実はプロパンがあまりに高いからカセットコンロ暮らしを帰国後、実践しています。正直なところ、カセットガスのゴミが出るのでまた改善してゆきたいけど、これをきっかけに、ガスの使い方を考えるようになりました。だから二段調理。鍋以上に火を大きくしないこと、沸騰したらすぐ止められるようタイマーを使うこと。そしてもう1つ、ストーブの活用。以前は時々だったけど今は毎晩に野菜をきって次の日のお汁用にストーブにセットしています。一番はどうすれば必要最低限の使用で済むかを自分の暮らしのレベルで考えること。なので、このゴミが出るけれど、その分、意識が広がって他の行動にも結びついているのでそんな経験も必要なことでもある気がしています。でもやっぱり燃えないし循環しないゴミなのでもっともっと改善してゆきたいです。

 

   This is breakfast.Boild bean and vegetable.

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    お友達もいろんなものを持ち寄ってくれて、小さなバイキング。安心バイキング。お料理上手なお友達の愛情ご飯は、とっても美味しくて楽しかったです。yくんのつくってくれた唐揚げも美味しかったなあ。。こうして自分も楽しみ、みんなが喜んでくれる経験は肌で感じる時間は、彼をもっと豊かな人間に育んでくれるのだろうなあ。そんなお友達家族とのご縁にもただただかんしゃしています。こどもたちはおもちゃの少ない我が家でクリエイティブに遊んでくれました。そのあとはフィールドへ。

 

    こどもたち、長めのマキに新聞まいて火を灯してキャンプファイヤーもどき。自然の中では遊びがつきません。そして火の魅力。そうして人が生き延びて来たのでしょうね。子どもたちの発想に今日もワクワクする私でした。ありがとう、こどもたち。

 

    

 

 

 

 

 

食生活が変わって一年。

   食生活が変わって一年が経ちました。発芽玄米にお味噌汁、おかずは和食。小麦粉を止めるために、パンとパスタはお楽しみ程度。なぜやめたのかというと、タイに行ってしばらく小麦から離れて、久々に食べたときに家族全員、お通じがなくなったから。我が家には合わないんだろうなあっていうのが一番の理由。

 

    旦那さんはなんでもオッケーなので文句も言わずに美味しそうに食べてくれます。コロッケが大好きだった私。洋食も大好きだった私。無性にミートソースパスタが食べたくなったり、ふわふわの食パンが食べたくなったり、ナッツとドライフルーツの硬いパンが食べたくなることもありました。

 

   タイで美味しく頂いてきたので違和感なく、麺を米粉麺に変え、ラーメン風、パスタ風にして頂いたり、時々外食に出た時はコロッケ食べたり、してました。パンも同じ。月に一度くらいだったかな。。

 

   そうして一年。白米が味気なくて玄米の方が好き。でもたまの外食では美味しくいただきますが、食べすぎちゃいますね。味がないので軽くてホイホイ入って行くのです。今は食卓の上は一汁一菜になりました。頑張ったわけではなく、自分が頑張らない方向に向かって行ったらそうなっていました。そして私は1日2食。

 

   過食傾向が長かった私は、もちろん今でも食べ過ぎな時はまだあります。甘いものも欲します。けれど、身体からケーキが抜けました。コロッケも抜けました。食べ放題に行った時は、気持ちは食べたいのに油っぽさに身体がギブアップ。パンも今はなくても大丈夫。欲しい時は米粉でパンケーキを作ります。あんなにふわふわではないけれどなっとくしてくれる体に変わっていっています。

 

    欲が良くないというわけではないのですが、長年の癖で食べたいーって頭が思っちゃうんですよね。甘いものもおんなじ。でも私の場合、食事療法で玄米にしてもらってから、おやつも変わってきています。今はケーキ屋さんの前を通ってもほしいっておもわなくなりました。半年に一度くらい、買ったりはします。けれど、1つ500円のケーキをこっそり買うより、4つで500円の大福を家族4人で食べる方が楽しい。うちで作る方がもっと楽しい、と思考も気持ちもついてきてくれるようになりました。

 

   きっとお世話になってるクリニックで処方してもらっているフラワーレメディの効果だと思います。気持ちがついていかない状況でやっても、習慣は変わっていかないなあと今なら理解できます。リバウンドって、きっとそういうことなのでしょうね。

 

    けれど、クリスピー感はまだまだ身体から抜け切らずで、今日は久々にクッキーを焼きました。本当に久々、これはゆっくり時間をかけて身体から抜けて行くのを待とうと思います。でも基本的に頭に負けちゃうので油は家には置いていません。久々に購入したアーモンドを粉末にして米ぬかとわずかな米粉を混ぜます。これまた久々に麹を仕込むためにぬかがでたので。それにキャロブパウダーを混ぜたら甘みが出てびっくり。わずかな蜂蜜を足したけれど子どもにはなくてもいいかもしれません。フライパンで焼きました。油がなくてもアーモンドのおかげでいくらかクリスピー。十分です。

 

    I made cookie. This is non gluten. This is made from rice powder,rice bran,almond powder,carob powder,only one spun of honey. And I grill this by frying pan.

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    おやつタイムが特にない我が家、デザートにしました。ということで今日もプレートごはん。昨日、旦那さんのやってる塾で使うということで卵があったので、小さなオムライス。バジルと昨年取れたカレンデュラの花を散らしたら可愛くなりました。女子のコユが喜ぶなあ。キャベツの塩もみとお汁を添えて。

 

Today is special ranch.But this is easy. Herb slot omurette rice with dry herb,lemon solt with cabbage and miso soup.

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   麹を仕込むのにお米を浸水中です。

 

I am making koji. Koji is famented rice.In Japan,soya source and miso is made from koji. This is verry important item as Japanese.But now,in Japan,almost people can not make koji. But I try this. Because I want to keep traditional culture. I need 5day for making koji.

 

 First,I put rice in the water.

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1人の子どもが育つには、1つの村の支えがいる。

   今日は昨日の続きから。昨日子どもたちと呼んだかぎばあさんシリーズより。

 

   続いてかぎばあさんシリーズ。これ、こんな面白かったんですね。すっかり忘れていました。そして、時代を反映した背景に引き込まれました。いや、感じさせてもらいました。かぎばあさんって、両親が共働きで鍵っ子となった子どもたちを助けてくれるおばあさんだから かぎばあさん なんですね。

最後の作者、手島悠介さんのあとがきに、今の私の気持ちが重なりました。ので、少し短めにまとめて、抜粋させていただこうと思います。


"さて、久しぶりに3人の泥棒の登場です。そのボスは生意気にも「1人の子どもが育つには、1つの村の支えがいる」と言いましたが、これはアフリカの素晴らしいことわざです。

「1人の子どもは親の力だけで育つものではない。村の人たちの協力と愛情にくるまれて、育っていくものだ。そして子どもは村の財産なのだ。」

というような意味合いですが、先進国では、核家族化がどんどん進んで、大人にとっても、みんなの共同体としての生活の場というものが、なくなってきています。

ですから、立場の弱い子どもたちは、「みんなに愛され、教えられ、育てられていく村の子 地域の子」ではなくなって、全てを両親に頼るしかありません。鍵っ子にもそうでない子にも、広がりのない、孤独な世の中になってきたと言えるでしょう。"


この本は1994年に発行されています。私たちはこの時代に子どもをしてきました。そうして今、我が子を産ませてもらっています。そんな私が感じていることを正直にここに書いてみようと思います。

   我が子を愛せない苦しみを抱えている母親が今、たくさんいます。私もそんな人の1人でした。それとともに、両親に本音を言えない小さな子どももたくさんいます。

   小さな子はきっと、働きに出ずにお母さんかお父さんにそばにいてほしい気がするんです。でも正直なところ、それができない親も多いのではないかと思うのです。それはきっと、子どもとどう関わっていいかわからないから。子どもに寄り添うことができないから、自分が働いていた方が自分らしくいられる気がするって思い込んでる方もいる気がするんです。でも、お母さんからもらった愛は、かけがえのないものだと思います。小さな期間だけでもいい、寄り添ってもらうことが、彼らが心を病まずに生きていく土台になる気がするのです。そう、この小さな時間は、これから何十年も生きてゆくための土台づくりの時間なのです。もちろん、お母さんがいない子だっています。働かざるを得ないお家だってあると思います。そんな子は、お父さんだって、地域の人だってきっといい。助けてあげてほしい。心からの愛を感じること。仕事が休日のわずかな時間だけではなく、時間をかけてじっくりと。(私も仕事をしていたら、それはできないとおもいます。休日は家事もしたいし、自分の好きなこともしたい。そうしたら子どもに怒りながら接してしまうと思うのです。それはきっと自分にとっても子どもにとっても苦しい時間になるとおもうから。一番正直に接してしまうのが身近な家族。自分がイライラしているときは、その感情のまま、子どもに、パートナーにぶつかってしまう、そうして最終的に自分を責めることになると思うのです。)

   それでなくてもお母さんは身体を休める時間があまりありません。おっぱいして、起きてる時間の半分は家事で終わり、半分は小さな子どもとの時間。頑張っても自分の時間は2時間くらい。それも毎日は取れません。子どものエネルギーは大人にはついていくのが大変で、ヘトヘトになっちゃうから。そしてそんなに一緒にいても、自分の子どもを100パーセント知ることは難しいのです。一緒に暮らしてるから、相手を知ることって大切だし、知る事で寄り添い方が変わってくる。

   子どもに寄り添うって大きな仕事だと思うのです。そしてね、地域で育ててもらっていたら、お母さん、平和でいられるんです。自分が信頼できる人に、一緒に見てもらっていたら、我が子がより、愛しく可愛く感じられてくるのです。

 

   いつも口からわざと水を吐き出して遊んでいる時期が大ちゃんにありました。片付けが大変、ってイライラしていました。けれど誰か一緒に見てくれる人がいたら、その人に安心して抱かれる関係だったら、密着関係によるイライラがなかっただろうと思います。このままでいたら困ると、かってに不安になって口うるさく怒ることもなかったろうなあと。一緒に見てくれてる人が抱っこしてくれている余裕な時間で拭けばいいだけ。年配の経験のある方ならそんな小さな人を見て笑うでしょう、この時期だけのことですもの、一緒に笑っていればいいだけ。小さな人はどんなことも自分で経験したらきっと、卒業を迎えていくとおもうのです。小さいから、いろんな経験しても困るレベルは低いと思うのです。小さい人が誰かをどついても、相手が大怪我をするようなことはほとんどないだろうと思うし、たくさん経験できるよう見守っていけたらよいのだろうと感じています。それを見守れるのは、家族、村。保育園でやってもらっては、保育士さんの心臓がいくつあっても足らないし、本当に大けがにつながることが多々おこると思うのでそれができづらいのは痛いほど良くわかります。だから仕方がない。

 

   実際、大人からさほど離れない子どもとの遊びの中で、滅多に病院にいくことなんてなかったです。目が届けば配慮もできるし声かけもできます。子どもは集団になると、まだ周りの危険を察知できていないので、そこから事故が起きてしまうだけで、一人で草履で坂を駆け下りても転ばないし、3歳だって二階からの手すり滑りやら、ローラーブレードもやっちゃうくらいの身のこなし。すごいです、本当に。休みなくやりたいことが出てくるので、それをこなすだけの支えをいただいてるトモエ幼稚園の子どもたちの未来、輝いてるわけだよなあと改めて思います。

 

   そしてね、そうして大人が自分の気持ちをたくさん受け入れてくれることを知ったら、伝わる力も大きくなっていくきがします。今の我が家の母子関係がそう。コユが意地はってるときに、ときどき大ちゃんが助け舟だしてくれてます。

 

   このまま大きくなってしまい、困るかもしれない。それが不安になって怒ってしまうこと、私もたくさんありましたが、これは無駄怒りで自分にもよくないですよー。あとで自分を責めますから。そうしてまた気分が下がって怒る、の繰り返し。この「村で子どもを支える。」というのは、子どもも人を信頼することと愛を学べるけど、お母さんにとっても安心と愛を学ばせてくれたり、きづかせてくれたり。


   そんな中で育った子どもたち。私たちがタイの村で出会った子どもたちがそうでした。目の輝きが違うって言うけれど、本当に違っていました。大人になっても目が輝いている人がたくさんいます。トモエでも感じてはいましたが、確認できて嬉しかったな。

 

   サハイナンで仲良しだったピュアさん。ふざけすぎるし、賑やかすぎる大ちゃんに、いつも穏やかに大切に接してくれたのは何故だろうって思って、彼に聞いて見ました。あなたは母に怒られたことないの?と。そうしたら 「そのことを心配したことはないよ。」といつもの笑顔で答えてくれました。きっと村の支えがあり、穏やかな母子関係があったのでしょう。彼は10年前、大好きだったけど、自分のやり方に合わない仕事について悩んでいたそうです。そうしてそれをやめて自分が本当にやりたいことを探してここにたどり着き、今の幸せを感じているそうです。「あなたにとって、幸せってなあに?」ってナイスな質問をしてくれた我が友に、「今だよ!」と、答える30歳男子。ここ、タイの田舎の人は、大人も素直なんです。子どもみたい。

 

   村が支えた宝であり、希望である命は、きっとうまれたときのまま、輝いてそこにいました。生まれた時はどうだったのかわかりませんが、でも、きっと自分で表現できるようになった今、生まれた時より輝いているのかもしれません。村の財産として存在する人の命を、村の大人は、集団としては見ないでしょう。きっと 個 として受け入れる。愛する。その関係が何よりもかけがえのない、豊かさなのではないかと今の私は感じています。そしてそれがそのまま優しさになる。私もきっとそんな存在だった。今、家族が小さな村だとしたら、そう。昔感じられなかった愛をここでいただき、私は人を愛せるようになりました。今の私の優しさを持てるようになりました。優しさを使った時に、相手が喜んでくれたら嬉しい。

 

   優しさは使えば使うほど優しくなれる、ってそう言うことかな、園長?優しさを積み重ねて、歳を重ねていきたいです。これが私がトモエの園長と村から、伝えてもらったこと。小さな人にも大きな人にも、私らしく共に過ごす時間を持つなかで、優しさをこれからも使っていきたいなと思っています。

 

   コユが時々洗い物をしてくれます。そして自分で片付けてくれたそうです。彼女の興味と優しさが伝わってきて、ありがたいなと思います。どれくらい汚れが落ちてるのかわからないけれど、油を使ってないのでまあ、いっか。彼女の満足気な顔と、優しさが嬉しい私たち。お互いの思いが噛み合った瞬間。それを感じられるのが私たちにとって豊かな時間でもあります。この心の余裕、キープできる人でありたいな。ありがとう。家族の思いも気持ちよく循環する。これもパーマカルチャーだと思います。

  Today,my daughter washed dish.I'm not sure this is clean.But I don't use oil.So It's ok! She is happy,we are also happy.And this is her kindness.I think so. Thank you for your kindness!I told her.

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そしてもう1つ。大ちゃんは時々買い物に行くとあれ食べたいから自分で買う!と言いながら買い物をします。本日はレトルトのお味噌汁が飲んでみたくて購入。あとは先日食べて美味しかったユリ根。こちらはモリモリ食べるので我が家的に予算が合わず、今日は買わないよ、というと自分でお買い上げ。でも自分で買うと特別なものになるようで、自分で大事に抱えてお料理も自分で考えて楽しんでいるんですよね。買ってあげたいなって思ったけど こんな彼の経験も貴重な物ですね。こうして気づきを頂いて日々を重ねて行くわたし。買ってあげないことがかわいそうな訳ではないってわかって、見守ることができてよかったなあとかんじています。

 

Sometimes, My sun bought favorite food by his money. I want to buy these for him.But I can't as such anytime.

 Today,he bought organic instant miso soup and vegetable.When he buy this,he think how to cook by himself.And he treasure this.So this experience is good experience as him. I could follow him with my eyes.This was good.I think so.

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一汁一菜我が家ご飯から生まれた時間で。

   思い立って我が家ご飯を公開してみることにしました。新しいネタ作り、笑笑。

   昨日の朝はコユもリクエストでお顔ご飯。おかずがふた品でちょっと豪華です笑笑。玄米ご飯に旦那さんはチリほっぺ、子どもたちはゆかりほっぺ。玉ねぎスライスの酢漬けとレタス、保温が甘くて出来かけ納豆にくるみと味噌を混ぜ込んだおかず。それに、ワカメと玉ねぎのお汁。

 

   My family eat simple foods.This time is one plate food and miso soup.My daughter did request smile decoration.Rice and nattou with walnut miso and picked onion with lettuce.

 

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   こちらは今朝。ご飯にとろろをかけました。お醤油を切らしていたので、お味噌を作った時に上がったたまりをとろろに混ぜ込みかけただけ。そして玉ねぎ、人参、大根のお汁。ローのとろろと根菜のあったか汁、手前味噌で。重ね煮のお野菜を作ってから水を足しお汁にしているので、だしなしでもとってもいい香りがするんです。手抜きできますし。今日は昼はご飯と根菜汁のみだな、きっと。夕飯のおかずはまだできてないけどきっと大根のハーブソルト漬けです、簡単、笑笑。

 

  This morning is grated yam on the rice and vegetables miso soup.This is simple,but this is good for our body.

 

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   ちなみに大根は熊本の無農薬の聖護院。最近、スーパーも併用しつつ、普通の暮らしの中で私のしたい暮らしするにはどうしたらいいかな、とか、スーパーで買い物してまた新たな発見があるかもしれないと、気づきのためにこの端境期を過ごしています。だからいつも無農薬ではないので、出会うと感動。そしてね、農家さんから送ってもらう暮らしをしていたから、繋がりがない中での買い物って、値段でしか選べないんです、私。。

 

This is Japanese radish .This is organic.So I can eat everything!! No garbage!! I am easy and happy!

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   スーパーに並んでるお野菜は農家さんが食べるものとは別に出荷用に作られたものって本当かな、とか、こないだ八百屋さんに 特別栽培といっても、基準が曖昧だから、関東で作ったものと、北海道で作ったものは全然違うんだよ、と聞いたことも頭をくるくる。手に取ったお野菜がどんなものなのか、どんな思い出作ってくださったものなのかわからなくて選べないことに気づきました。

 

   農薬を使うのが悪いことではないことも知っています。農家さんの暮らしがかかっており、私たちが綺麗な形のお野菜を求めた結果だということも知っています。だから慣行栽培の農家さんの気持ちを考えることもたくさんあります。でも自分たちさえいいものを食べれたらいいや、ではなく、これからの子孫のために、大地を守りたい気持ちもあります。そんなこんなでいろんなことが頭をくるくる。。。

 

   こんな暮らしを経験してこんなことに気づいて考えて。。これからどうしてゆきたいかはゆっくり考えていこうと思っているけれど、私は人との関係性の中で、物も、食べ物も、取り入れてゆきたいなあと感じています。その方のお話も聞けるし、どうやってこのお野菜が来たかもわかるし、知るってとても大切なこと。つながりってとても大切なこと。つながりから得たものは決して無駄にはしないし、そのつながりで相手を想う気持ちは自分の優しさをもっと育んでくれる。そう、感じているので。

 

    だから地産地消ではないけれど、この聖護院大根は以前、レンコンを送っていただいたつながりのある農家さんでもあり、嬉しかったなあ。そんなわけで久々に丸ごといただきます。スーパーの人参は皮を取るのですが、大根と葉の付け根も含め、皮ごとお料理して丸ごとぜーんぶ。台所散らからず、ありがたい!!そして鍋に入れてストーブにセット。ご飯も圧力鍋にかけて。。

 

   そんな朝。今日は子どもたちのリクエストでお味噌汁をストーブの上でコトコト煮込む時間は、本を読むことになりました。朝から両膝に座る子どもたちの隣で、旦那さんは趣味の発酵食作り。。読んだ本はこちら。

I read these book with my kids. From morning,I took time with kids. Today I can afford to spend with my kids.This book name is wakattasan's ice cream and Strange key ground mother. These book is bestseller since I was small.

 

Mother can afford to spend with small kids. Then kids can feel love.This is important for growth.This is base for life.

 

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   図書館で借りたもの。懐かしい名作はいまでも名作なんですね。かぎばあさんは大ちゃんが、わかったさんは大ちゃんの真似してコユが借りたもの。最後まで聞けるのかな??

 

   まずはわかったさん。懐かしいなあ、楽しいなあ。ゆっくり読めたので私の方がワクワクしてしまいました。昨日の夜から読んで、と言われていたのですが、自分が疲れて読めなかったのです。こんな朝の時間なのに、膝に子どもたちを抱えて読めて、返ってよかったな。私が幸せでした。半年前まで、朝からイライラしていたことが嘘のよう。イライラしないでいられる、自分自身がこんなに幸せでいられることに驚いています。こんなにそばで、自分が穏やかな心で、子どもの匂いを感じられるなんてわずかなんだろうな。うーん、愛しい。

 

   もう一冊はじかいに。