日々は優しさで溢れてる。

心に傷を抱えてきた幼少期。我が子を授かり、それに苦しんだ。けれどもね、山が教えてくれたの。いきてる価値は誰かが決めるもんじゃない。自然は平等に、生きるための恩恵をいつも与えてくれてた。生きることの喜びは自分で感じていくものだから。そうして今を生きることを積み重ねてる。

お母さんだけど、バタバタしたくないから。

   「バタバタしちゃってなかなか出来なくて、ごめんなさい。」

 

   何度私はこの言葉を使ったでしょう。でもバタバタ、ってなんだろう、って旦那さんと話してました、半年前。だってお腹すいてご飯食べてるでしょう?お風呂だって入ってるでしょう?バタバタ準備しながら家族でお出かけだってしているでしょう?

 

  うーん、なんだろう。。。・・・ 私の場合、 多分たいしてやりたいことじゃなかったんだと思います。なのに人の目を気にして、やらなきゃいけないと思い込んでいただけ。初めからわかっているなら、できないことはごめんなさいと断るしかない。やり始めて無理だったらそう伝えるしかない。一番は、自分が本当にやりたいことなのか、できることなのかを、理解しておくこと。自分を知っておけば、やりたいことはできる。バタバタはしない。。だから小さな人との時間をバタバタしたくないんです。

 

   そんな私、今日もフィールドで 遊びました。うちから40分くらいかかるフィールドまでの距離。サハイナン行くまでは雪の中で歩くのが遠いように感じていましたが、サハイナンに行ってからは身体をうごかさない方がムズムズ。。

 

    「なーんだ、フィールドまで歩けるじゃん。」って歩いて行くこともへっちゃらになりました。そうしているときは、イライラしなくて済む。身体を動かした日の方が身体中の風通しもいいのです。そうする方が、心も心地いいことを知っているから、できること。しかも私は健康のための散歩ってできないことを知ったので。だから続かないんです。子どもたちを遊ばせたるどー、、とか畑を作るどーって目的があったりするから出来るんです。一石二鳥くらい理由が欲しい私。

 

   暮らしのために動く。少しでも忘れずにいたい昔の暮らし。

 

    45分ほどで到着。大ちゃんが誘いたいって行っていたお友達と途中で合流。いけると思っていた道が、手前までしか除雪していなくて一瞬たじろぎましたが、自分の背丈以上もある雪の山をよじ登ってる子どもたちをみて、よっしゃ、行ってみるかと登ってみたら、足もさほど埋もれず進めた!!この雪が溶けたらここは1メートル近く高さが減る。それがなんだが面白くて踏みしめながら歩きます。子どもたちの日々、サイコーだねえ!!!!!わおーって思わずさけんでみる。

 

    そうしてついたフィールドで遊びます。朝から出かけ、2時間の予定が子どもたちがあまりに楽しんでるものだから、もう少しもう少し、と気づいたら3時過ぎ。そりすべりのゲレンデ作って、白樺の樹液のんで、除雪で出来た高い雪の壁をひたすら歩いて。天然のロングスライダーを見つけて大はしゃぎして。私も声かけられて一緒に滑ります。「足あげて滑ってごらん、スピード出るから、」とか、「スコップで滑ってごらん」って、いうから、「割れちゃうよ〜、私が乗ったら、」なんて行ったら「大丈夫さー。」って、私が知らない世界を教えてくれる子どもたち。本当にスピードでるし、スコップも割れないし、本当に面白い。

 

    けど、ずっと動く体力もないから、途中で 寝転がって空を見たり、本を読んだり。遊びたい子どもたちに付き合って来たのが本音だけど、その中で自分のやりたいことも意外と出来るものです。出来ることの中で、何かをやって行く。それも今の私の課題。だってね、たくさん遊んで、遊びきったこどもが大人になったら、きっと、生きる喜びを日々表現できるようになるんじゃないか、今は兄弟喧嘩も絶えないけど、 満足した分優しさが積み重なっていくんじゃないかって想像しているから。私もそうして年老いて行けるかもしれない。

 

    これは私のパーマカルチャー研究所所員としての、研究課題。我が子で、研究させてもらってます。そう思うと結構面白くて、無理せず楽しく私も日々を積み重ねています。こどもたちの笑顔、目の輝き、遊ぶ集中力、ほんとうにすごいって、近頃魅せられてる私。お金をかけてのレジャーもストレス発散もいらないのではないかって、世界、こんな側で見つけました。

 

   そしてお昼は薪ストーブで焼きおむすびとお味噌汁。思った以上に火の入るスピードは速くて私はてんてこ舞いだけど、もはやご飯もおやつも関係ない楽しさ。おやつ食べたーいって言われても同じものが出て来ます笑笑。楽しければ、おやつもご飯も関係ないんですね、きっと!!今度このストーブの上を簡易釜にして、ピザ作れないだろうか。。と考え中。

 

    朝はお汁とご飯、およびご飯のお供に納豆か、うめぼしかのり醤油。昼はお汁とご飯とおかず一品、夜もお汁とご飯とお昼と同じおかず。だからお汁とご飯はまとめて炊いておかずも朝のうちに作る。そうしたら、思いっきり時間ができるんです。子どもたちが台所に立ちたいって行ったら、今は朝からでも手伝ってもらえます。コユがそう。朝から人参の皮むいたり、突然やりたがることもしばしば。そして、夕飯は疲れた身体で働かなくていい。だからイライラしません。

 

   おやつはご飯多めに炊いておいて、ナッツ入れてスパイスソルト作ったり くるみ味噌にしてちょっと遊び心入れておむすびにすればいい。我が家は、おやつも好き、でもナッツも好き。ならば、ナッツふりかけでいいじゃーん、ってなりました。好きな食べ物はキリがないから、いろいろ揃えておく必要もないですしね。もち米ストックしておいて、炊いてすり鉢で子どもたちに潰してもらって即席もちにもします。ご飯で満たされていたら無駄食べもしないし 結構いいかも って感じてます。

 

   好きな食べ物っていいけど、食べすぎちゃう気がするんです。。パン屋さんのパン、グラタン、パスタ。。。私の場合、それが毎日でした。お料理み好きだから、チキン南蛮、コロッケ、今日は、アレンジしたパスタだよーなんて研究に余念がなく、本当に美味しいものだからいつも腹八分目にはならないんです。なので私は好きなことを変えることにしました笑。お料理の研究はやめたんです。そうしたら新しい発見がありました。

 

   我が家は農家さんから直接お野菜もお米も送っていただいています。初めは農薬漬けのお野菜が嫌で。でもシンプルに重ねにして、お塩だけでいただいてみたら、本当に美味しいんですよね。ケチャップ、マヨネーズ、ソースで味をつけることがもったいなくなって来て。そりゃ、甘みのあるソースかけたら美味しくなるでしょう。でも、確かに 本来の味 に気づけないんです。ソースで食べてるから。豊かな風土の日本の恵みはそのものにいろんな、味覚を感じることができるということをしりました。だからもったいない、って腑に落ちて今に至っています。

 

   本当に美味しいのです。ぜひスーパーでなく、せめて産直のお野菜をお塩だけで、蒸して食べてみてください。せめて1週間、毎日。子どもたちは蒸し野菜にするともちろんまずはそのまま食べます。でも次第に、自分でアレンジして、塩チリ、とか、ハーブソルトとか素材の味に浮気をしつつ、楽しみます。それが結構面白い。何より自分が楽になります。私が怒ってるより、ご飯に手間がかかってない方がいいよね?って聞くと旦那さんも子どもたちも、うん!!!!!!といつも即答するので、毎日大好きなものをたべる!!ってこともてばなしてみました。ご飯もお味噌も好きだから大好きなものではなく、好きなものにしただけ。おやつには大好きなナッツを入れたり、カリカリに焼いやおむすびにしたり、楽しい要素を入れるのが私流。

 

   だから遊び倒した昨日もかえってから、お風呂はいって、お友達がくれたかぼちゃ持ちを食卓テーブルで焼きながら朝炊いたご飯とお汁をいただいて布団でゴロゴロ。。ついでに旦那さんと大ちゃんは自分のお皿を洗ってくれるからそれもありがたい。手が冷えきる前に洗い物終えて、お腹も満たされて機嫌良くなって勝手に遊んでくれる子どもたちを眺めながら、手抜き母ちゃんしてます。でもこれが最高。我が子を可愛いと思える心の余裕が、ね^_^

 

   やっぱり思うのは、ものが豊かに便利になっても、心は楽になってなかったなって。結局旦那さんは平日忙しくて、休日にいてくれてもたまの一人の時間を持つことに申し訳なさがあってできなかった。そして便利な分くらしで、時間が短縮されても、母子での密室の暮らしってものは、心が癒えないんですよね。そこのところが問題なのかもしれません。そしてそんな母ちゃんに気を使う子どもたちも気の毒でした。子どもはいつでも母のことを気にしてくれています。

 

   それなのに、寒くて子どものトイレが近い日、トイレに付き合うのにイライラしませんか?子どもは悪くないのに怒り出していませんか??どっちが大人でどっちが子どもなんでしょう。大人も子どももない、私たちはともに暮らしている人間どうし。穏やかに入られるかいられないかは、多分、体力とその体力を奪ってしまう心の習慣なのだと思います。

 

    洗濯機が各家庭にあるより、コインランドリーを使うにが主流で、小さな子を抱えた母子は毎日そこに行かなくちゃならない、くらいの方がいいのかもしれません。大きなコインランドリーで、洗濯している間は子ども同士で走り回り、母ちゃんたちはおしゃべり。子どもたちの声を聞きたくておばあちゃんたちがそこに顔を出したり、時々学校を休んだ大きな子がたちよってくれたり。子どもは幼稚園と保育所、おばあちゃんたちは家でテレビか、老人ホーム。

 

   そうして年齢で暮らし方を分けると、人がどう育つかわからなくて、子どもがうまれたときに、困るのだと思います。子どもの声がうるさくなってしまったり(そう言われる側よりも、もしかしたら言う方が辛いのかもしれません。この年の人はそう言うもんだからねえ、とうけながすことができず、常にピリピリしてることが。原因は自分の心の持ち方にある、気がするのですが。)、寝たきりのおばあちゃんの介護で逆母子密室。。。このうちにこういう人がいることを知っていたら近所の人が、介護する側のひととうちの中で、延々とおしゃべりするために遊びに来てくれるかもしれません。そうした人との繋がりが、これからの寝たきりの人を今から防いでくれるかもしれません。お年寄りから引き継ぐ大切なものをいただけるかもしれません。人が年をとるということ、今のこの日本では、残念だけど、生きて来た経験を敬うのではなく、家族が年老いるということを面倒臭がるという気持ちが大きい気がしてもったいないなあと思います。

 

   人間とは何か、どんな風に生きるのか、自分と自分の大切な人がどんな風に生きようとしているのか、今大切でなくても助けてもらって繋がることがある人かもしれません。人間を知ること、受け入れること、時には受け流すこと。今ふと思いついて描き始めたコインランドリー構想の想いがふくらんでしまいましたが、こんなふうに、人との関係の中で生きて行けてたらもっと生きるのが楽になる気がしています。人って人とつながることで、その時に相手を尊重し、信頼関係を作れる力を自分が持っていることで、生きやすくなって行くのかもしれません。

 

    白樺の樹液、出ました!!

This is sap of white birch!

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   まだわずかだけど、飲んでみます。「冷たい!ほんのり甘い!今年もありがとう。少し、私たちにも分けてください。」

   樹液は、これから暖かくなって葉をしげらすため、水を吸い上げるための糖分を含んで白樺の中に雪解け水を溜め込んだもの。白樺の命の一部。尊い命の水を分けていただいています。自然は私たちにもどこまでも優しい。(そうして暖かくなったらヤマダニも登場します。もちろん自然は厳しさも伝えているなあとおもいます。だから考えます。この厳しさは何を伝えているのだろうと。思い切り甘えさせてもらっているから 、分け合う。生きるすべてのものと。私が気づけること、今はたったこれだけ。もっと学ぼうと思います。)

 

   I drunk this. This is cold by snow and a little sweet. Thank you tree.I ask them give us.

 

 Sap is water that snow melt. Tree drink thaw water.Because  after warm climate,they need to grow up leafs. Sap taste is sweet. Because this need for sucking up thaw water.This sweet is xylitol.

  We get life of tree. Thank you so much. I tell them.

 

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帰国後、変わったこと。

    欲しいもの、減りました。買い物になるべく行かないようにしているので。自分へのご褒美もいいけれど、やっぱりおいしいものはかぞくみんなで食べたいなと、思います。いつものおうちご飯が美味しいので、外で食べる美味しいものはみんなで食べたいなと、喫茶店に入るのをやめて、一人スーパーのフードコートで、タイ記録をまとめていました。

 

   店主の人と関係にできた喫茶店、もう少し時間があったらそちらでもよかったんだけどな。1時間くらいしかないので、迷うならフードコート笑笑。帰りにうちでみんなでおやつを食べようと、豆腐クリームようにお豆腐1つ、150円で済ませました。そして迎えに来てくれた家族とみんなでワイワイ帰宅して作った米粉の抹茶パンケーキ、クリーム添え。写真撮るの忘れちゃいましたが、美味しかったな。

 

   そしてうちを整理するようになり、物も必要最低限。子どもの服は何かと必要だけど大人分は引き出し式の小さな衣装ケース1つ分ずつ。北海道だから冬物しまった時にスキーウエアがかさばるんですけれどもね。その分、衣服は年中着回せるものをと思っています。お皿もいろいろ数を揃えたいなんて思って来たけど、結局気に入ってるのほど、割れてしまっていつも数が揃わない。だからこだわるのをやめました。愛着持てば結構可愛く見えます。

 

   子ども達のおやつも無添加のものを買い込んで来たけれど、自分が食事を減らすようになり、お腹空いたと言われない限り、先走っておやつを用意することもないんじゃないか?と思い、お友達から分けてもらう素焼きのおせんべいがあるのみです。こちらは急にお客さんが来た時にも助かるので。あとは米粉の蒸しケーキ用に米粉があるのみ。お腹空いたらいつでもおむすび握るよー、グリルで焼いてくるみ味噌にして五平餅作れるよー、もち米もあるので、玄米炊いてすりこぎで潰して即席もち作れるよー。それにスパイスソルトかけたら(ナッツは好きでたまに買うのでそれで作ります。)目先が変わったおやつにもなります。うちの子達はそれが好きだから、なんもお菓子の好きなものにする必要もないじゃないかーと、自分にツッコミです。いろんなものを食べさせてあげたい、なんて子ども達が欲しがる以上のものをあげていた自分に気づきます。新しい食べものはなんだかきりがないようなのです。自分が甘いものも食べるのも好きだから一番弱いんですよね。それを食べてもまた欲しくなる。今あるものの中に好きなものはたくさんあるのに。だからうちのおやつは、ご飯とあまり変わらないかもしれません。少し大きくなったら子ども達が嫌がるよ、と聞いたことがあるけど、どうだろう。今は、甘いものにしたいなら「豆乳抹茶ラテ、ふわふわで、お作りしましょうか?笑笑。」「わあーい。」ってしてくれてますけれどもね。遊びに満足してるから大丈夫かもしれないし、その時その時で気づいて対応して行くしかありません。だから今は、これで、よーし!!

 

   食べ物に関しては、糖質制限、原始人食、マクロビ、ファスティング。。。いろいろ情報があるから難しいことはわからないけれど、友人が言ってくれた言葉が、「ああ、そうだね。」と、一番印象に残っています。

 

「うちの母は食事に結構厳しくやって来たけれど、結局60歳で癌になって亡くなってしまったから何がいいのか正直わかんないんだ。」

 

   何がいいのか。本当のところは私もわかりません。原始人食が合うとも、合わないとも思いません。たくさんの事例があるように、人間の身体にあっているのかもしれないし、たまたまその人の生活習慣の中で問題が起き、その時、その身体の状態でこの方法をとったら改善しただけかもしれない。今は楽でも長い目でみたら、身体が疲弊して行くのかもしれないし、もっと身体が爽快になって行くのかもしれない。頭で考えるとたくさんの疑問が湧いて来ます。

 

   タイに行って少しだけ、昔の身体を動かしていた頃の経験をさせてもらって、今との身体の動かし方、動かす量の違いに衝撃を受けました。だから、原始時代のことはわからないけれど、自分で狩猟をしていた頃を想像しただけでも、明らかに運動量も、筋肉量も、代謝量も違っていただろうと思うのです。身体にまとっていた衣装もちがうわけで、体温を保つための代謝量だけでも相当の違いでしょう。それなのに本当に肉を消化できるのか、油を消化しきれるのか。腸にとって負担にはならないのか、腸内細菌にとって良いのだろうか。

 

   そして昔と今との明らかな違いは、身体に取り入れる量と質と運動量。甘いものは別腹、何てことは本当に稀だったのではないのかと思うのです。お誕生日にあんこをたいておはぎでも作った時は、苦しくなるくらい食べたこともあったかもしれません。でも苦しくては農作業はできないですから、毎日ではなかったのでしょう。そういう意味では、糖質量は結構違っていたのかもしれませんね。

 

   マクロビは糖質量も油の量も多い。そうなのかもしれません。でも腹7分目に抑えて暮らしていたら大丈夫なのかもしれません。

 

   そう考えたらMSGも悪いものではないんじゃない?と言われることもあるかもしれません。私のわずかな知識では正直、わからないことだらけです。けれど、何となく私は、今、人間の作り上げたものに完璧はないと思うのでそれならば、自然界でできたものを欲しいと思っているだけで。

 

   ただ1つだけ思うことは、身体に取り入れる量は、明らかに多くなったということ。取り入れたものを人力にかえるエネルギーはたくさんあるのに使いきれていない状態。美味しくて食べすぎるなんてことが今はしょっちゅう起きる。そしてそれは自分に甘いせい、というだけで解決しえない問題だと思っています。これが自分にとって、習慣だったから、それだけの欲を動かされる刺激の中で生きて来たから、ここを我慢すると、それがストレスに変わってしまい、どこかで不具合が生じる。例えばイライラしてしまったり、たべたさつのって結果、食べすぎたり。身体の声は明らかに無視して暴走せざるを得ない状態におちいる。頭を緩めるために。なのでたくさんのダイエット法があるのだと思います。でもどんなものを選んでも、心が納得していなければ、習慣には変わって行かないのだろと痛感しています。無理しても、続かない。続かなければ、いみがない。生活というものはそうなのかもしれないなと思っています。

 

   そんなわけで、私にとって明らかにわからないことだらけ、なのです。だから、自分で確かめて納得して、自分でできることをやって行く。家族の中で母という存在として、感じうる、出来うる限りのことをやって行く、それしかできないわけで。その中に人からアドバイスをいただきたいなら、いただいたらいいしそうでないなら、自分の生き方として生きていったらいいのかなー。そんなくらいしか、できないなあと今は感じています。これからはどうなって行くか、自分でもわからないけれど、情報を聞くたびに揺れて生きて来た私は、今は、人の話をかき集めては一喜一憂するのが疲れるので、信頼するホームドクターに相談させていただいて、納得できたことをやってみる。そして子ども達には伝統食がいいのかなと玄米、お味噌汁で和風のお食事にして、油、白砂糖はうちでは使っていません。食事を変えて一年、家族全員、腸からのお便りが毎日届くようになり、家族仲良く気持ち良く過ごせているので今はこれでいいなと。食事をシンプルにしたら、頭の中までシンプルになりました。本当に不思議だけど、感情も表現も、生活もシンプルになって来て、自分が少しわかりやすくなって来たように思います。本当に不思議だなあ。笑っていられる時間が1分でも長いほどいい、それだけは譲れないので今はこれがいい。石川先生、ありがとうございまーす!

 

   納豆のパックが嫌だけど、まだ自宅で納豆を作る環境を整えていないので買うのを控えてましたが、一回食べたらそのパックにしこんだら、週にふたパック買うか買わないかでいいんじゃないかと、試してみることにしました。暮らすって、面白いです。次から次へとやりたいことが出て来ます。今はみんなに任せきりのことが多いから、自分でやろうとしたら、考えねばならなくて、たくさん創造できてさらに面白いのかもしれません。

 

    I made nattou from nattou pack. Nattou bacteria is strong. So after we ate nattou,we can use this pack.I am interested in famented food!

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   次から次へとやりたいことの出てくるコユの頭はどうなっているのでしょう。歯医者さんごっこと言っていましたが、なぜ囲っているのかすらわかりません。そしてなぜ、真ん中の囲いに使ってるミニ棚に保存食が並んでいるのかも。。(昨日狸小路で閉店してしまった雑貨屋さんの前でご自由にどうぞ、のところからいただいて来ました。なので保存食を置いたことは一度もないのですが。)。ただ、きれいに整った囲いではあるなあと思います。彼女に心を表しているのかなあ。きれいにするのが好き、可愛いものが好き。この囲いという表現も、コユそのものなのかもしれないなあ。面白いなあ、小さな世界は。。

 

   Koyuki's world is interesting. Yesterday,she became doctor for taking care of teeth.Here is teeth's hospital.I am not sure,this is her image.why did you put preservation food? 

 

   Kid's imagination is great and funny.So I like spending with small parson. My job is learning from them.And we make good connection for myself and them future.Small kids have soft and peaceful mind.

And they can forgive anything.Adult shuld learn from them mind for peace and future. I think so.

 

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大雪原。

   大雪原。ではなくって、うちのフィールド。今日は大ちゃんのお友達が遊びに来てくれました。尻滑りかな、ソリかな。何して遊ぶのかなーって思ったら、大雪原まで出て行って遊び始めたよ。おお〜い、どこまで行くのー??でも子どもたちの遊び方は本当に気持ちいい!!

 

   Around our field,my kids and friends played in the snow. They went to far. Only now,here is private space for our kids.Let's enjoy !!

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   でね、今日は白樺の樹液が出て来た暖かい日。お友達の足が太ももまでズボッと埋まってます。これ3回目。助けてーって叫んで一度目は彼のお兄ちゃんがスコップで掘ってくれて、2度目は私が引き出して、その時はブーツだけだったんだけどとうとうここまで埋まっちゃった。子どもだから軽いからここまでだったけど私だったらどこまでうもれたのだろうか。面白くて可愛くて思わずパシャり笑笑。

 

   Today was warm day.So friend's foot dropped in the snow. This picture is very cute.

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   ゲラゲラ笑いながら、ずーっとずーっと歩いてあの奥の山の後ろまで行っちゃった子どもたち。いいなあ、北海道の冬。毎日がかがやいてるなあ、子どもたち。

 

   Kids went to more far. Where did you go??

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   そして始まった尻滑り。自分のお尻でスライダーを滑るんです。スキー場ならぬ、尻滑り場だそうです。自分たちのお尻で作ったスライダーは、ジャンプ台あり、直滑降ありのスキー場顔負けのゲレンデ。空と雪山と少年、のコントラストがいいなあととりました。そのあとは、今はまだ小学校に行かない小学生2人で(笑)、力尽くで落とし合いっこ。滑らせ合いっこかな?結局勝負は付かなかったけど、このお二人さん、こんな遊び方もするようになったんだなあ。

 

    Sky,snow mountain and boy.They slipped the mountain by their hip. So here is hip ski place.They made jump courses,too. 

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    そしてね、寒くなった小さい人が小屋に戻る頃、おやつ食べたーいと小学生チームも戻って来て大ちゃん主導で火を起こしてくれました。いただいたおやつのお礼に、お味噌だけのお味噌汁を作る大ちゃん。おいし〜いっていってくれたお友達のk君。ここで飲むお味噌汁はなんだか特別、そんな気持ちをシェアしてくれて嬉しかったなあ。

 

   My sun got snacks.So he told Thank you.And he cooked miso soup.They are good friends.I think so.

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   虫博士の彼はまき用の廃材の中からささくれ立ったのを見つけて来て、虫、冬眠してるかなあってほじってました。それを見た大ちゃんもなになに?って興味津々。彼らを見ていて素敵だなって思うにはそれぞれの興味をお互いが自然にシェアしているところ。学び合いという学び方も素敵な勉強方法だなあと思います。そんな7歳のk君は4月から虫学校を開講するそうです。「具体的に何をするところ?」って聞いたら、「虫のことが勉強できるんだけど、kも知らないことがまだあるから一緒に勉強するの!」。自分が教えるだけでなく、k君も勉強するっていうところが、素直でいい学校だなあって思いました。虫の他にも素敵なことが学べそうだから、私も週に一回だけ、通おうかな、と検討中だよ、kくん。

 

 

 

 

北の沢から西岡まで子どもたちと歩いて3時間。

   タイの記録をまとめています。昨年は旦那さんのテーマをお伝えする場を頂いたのですが、私も私なりに学びがあったので、表現してみようかな、と思い立ち、だんなさんに相談。そうしたら思いの外、長くなり、今なら私、いい卒論書けます。いいというのは、研究としてと言うのではなく、自分でほりさげて思考したということ、自分の生きて来た中での経験を生かし切ってるということ。何より、まとめることも楽しくて、自分の気づいたことが、自分の言葉であり、それをお伝えすることで、私が今、生きることが楽になったということをシェアできるかもしれないということ、そういう意味で、私にとって意味のあることだと思っています。そして自分のために動いたことが、誰かの心に止まり、生きてくれるなら、それは嬉しいことだと思うのです。

 

    私も以前は人と比較して落ち込んでばかりでしたが、今はまあ、そんな受け止め方があるのだと、生き方がいいなあと思う方と話をします。その話の中に、たくさんのヒントが混ざっていて、自分の気づけたところからスタートでいいって思っているので、少しづつ。

 

   私が今興味のあることはいくつかあるけれど、一番は、自分はどう生きて生きたいかと考えてい人と話をさせてもらうこと。聞いたりシェアしたり、そうすると、自分の日々もワクワクしてくるのです。今のこの時間を、今の姿の家族とどう楽しむか、今の子どもたちとの時間も、自分の人生として楽しみたいと思うのです。忙しくてできない、と私が使って来た言葉は、子どもが小さいからできないことが多い、旦那さんが忙しいからできない、そうでなく、本当は自分がやりたくなかったんだろうと思います。もしくは身体が疲れて、心と体のバランスが崩れてついて行けなかったり。自分がやりたくないのになんとなく社会の流れからやったほうがいい気がして、とか、みんなが盛り上がってるのに飲まれて楽しい気がして、動いていたこともたくさんありました。でも今気づいたこと、みんなが同じことをするより、そこから外れた人がいることで、外れていても優しさと穏やかさを持って生きている人であれば、バランスが取れていくのだろうと思うのです。そう、どんな風に生きて行きたいか。賢い脳を持った人として、いろんな感情と心を持つ人として。

 

   だから忙しくて、と言う言葉を最近めっきり使わなくなりました。バタバタもしない、忙しくもしない。そうするくらいなら、私は1日くらい家事を放置できます。忙しい気がして気持ちが荒れるのが嫌だから。もちろん、今でも子どもたちや旦那さんにあたっていたりしてハッとしますけれどね。でもそれがほとんどなくなったから、ゆっくりゆっくり。

 

    自分を理解することは自分を受け入れること。いま、そうしていることで、自分が矛盾した行為を取った瞬間がわかるようになり、そこと向き合えるようになって来ました。そうして素直に謝る。だからうちでは大ちゃんからもつっこみがはいります。「あのさあ、今の怒り方、コユに対してひどいんじゃない?」そして、「うん、わかってる。ごめんね。」となったり、「でもさ、私だってどうしても嫌だったんだもの。」ってなったり。自分が母である前に「私」であるなあと感じています。母なる大地、にはまだまだ程遠くて、そうなる頃にはひ孫がいるかもしれません笑。でも子どもたちは特に母親に気を使うので、そして、4歳頃まで、大ちゃんの思いを押しのけて接して来た私は、大ちゃんにまだ気を遣わせているとかんじているので、彼らが彼ららしく生きるために、感情を受け入れて行けたらいいな、と今は思っています。これからどうなって行くかわからないけど、いつでも今の自分の人生のベストを尽くして人と関わって行きたいと改めて感じています。

 

    昨日は朝からタイの記録をまとめておりました。自然の中に身を置き、3ヶ月と言う時間をかけて過ごしたから感じられたこと、普通に生活をしてみたから気づけたことがたくさんあったのです。それをお伝えできるのが今の私の個性。もちろん主観だらけですが、そういう中から自分が納得いくものを見つけて行く、と言う形でもいいのかもしれない、と自分の経験からも思うので、表現してみようと思ったのです。今までとはちょっと違う私と出会いました。

 

    そんなタイ記録を綴りながら、身体がウズウズ。動きたいよーと。昔の人は今の人より、身体を使っていたということ、頭ではわかっていたけれど、自分で経験し具体的に身体で知ったのです。畑を作るために、粘土質の山をくわ1つで耕す。たくさん埋まった石を取り除きながら。そうして開拓し、今度は肥料作り。牛のウンチを集めに行く。一袋30キロ。それをいくつもリヤカーで運ぶ、私には担ぐこともできないから赤ちゃんのように、背負って運ぶ。そしてそれに灰をかけ、果物から作ったEMをまく。それもちょっとうちの庭に、って距離ではなく、往復しながら。そうして3日後、それをくわ1つで畑に前混む。そしてとうとう種を蒔き、最後に保湿のために、田んぼに集めて稲藁を取りに行き、畑に敷く。

 

   スーパーで買うだけ、夏場は農家さんから直接お野菜を送って頂いているから、どんな風に作ってくださっているのか見に行くことはしていたけれど、それだけでは到底わからないなと実感しました。(いつもありがとうございます。)人が生きて行くのに、どれだけ身体のエネルギーを使って来たのか、少しは想像できるようになりました。そしてそれによって得た身体は筋肉も、代謝量も全く違うのだと思います。

 

   そんなことを考えていたら無性に動きたくなり、北の沢から西岡にあるカルディまで歩いていこうと思いたち、子どもたちに提案したら 行く〜!! という流れに。時々雪の混ざる道をひたすら歩きます。途中で出先から帰った旦那さんに会ったものの 歩く〜 という大ちゃんに引っ張られ、3時間かけて到着。途中でおむすび食べ、こゆは半分以上はおんぶ。いやはや、靴を履いて歩くと軽い外反母趾が痛みます。裸足が恋しい。裸足で歩くと、大地を掴むのがいいのかな、どんな道にもフィットしてくれる身体ってすごいなあ。

 

   そしてね、「今日はあれがないから買いに行かなくちゃ、行けない。そのあとは郵便局へ。」なんてスケジュールも立てていないのでイライラする理由もなく、一度だけしかけたものの、身体を動かすっていいですね。動かしてるから気持ちがそっちにむいてどうでもよくなってくるんです。大地か空に吸収されて行くような感覚。うちの中にいるとイライラに向かって行くのは気持ちの向ける先がそこしかないからかもしれません。街中であれ、地球はすごいなあ。そして身体もすごいなあ。

 

   夕飯はお友達から美味しい鯖をいただき、買って来たライスペーパーにレタスとお魚とおすにつけた野菜をまいて、タイ風に。すごくおいしかったなー。ライスペーパー嫌いだったはずの子どもたちまでたのしそう。 

 Last day,we ate rice paper.We ate real,pickles,herb and fish.We enjoyed this!

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   そして、見切り品のえのきを3袋買って来ました。冷蔵庫ないので干して保存です。

We don't have refrigerator.So we dryed mushrooms for preservation.

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   4日前に植えたサラダリーフ、サンチュ、小松菜のタネが芽吹きました。黄色いので外に出そうかと思って(結局出さなかったけど)、昨日一日ビニールかぶせておいたらぐんぐんそだってました。かわいいなあ。一方、スプラウトは失敗ばかり。腐らせてます。自分でできるように何度も挑戦してます。ごめんね、たね。。

4days ago,I planted saladreaf.Already these come into bud.Thank you for nature life!

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こゆと大ちゃんの生き方。

    トモエがお休みになって、うちですごすことが多くなってしまったけれど、今日は久々の雪。午前は旦那さんが家庭教師だったので、午後からみんなで少しだけ出かけました。これで最後かな。久々の吹雪、わずかな時間でも雪が積もる。

 

   私は趣味の雪断熱のための壁作り。せっせと雪を積み上げ、小屋を埋めます。そんな中で、子どもたちも自ら遊び始めたよ。除雪により高く積もった雪の山を階段作りながら登って、尻滑りのスライダー作り。3歳と7歳で思い切り遊んでます。大きい大ちゃんも小さいこゆに気を使うでもなく合わせるでもなく、思い切り遊んでる。すごいなあと思います。毎日全力で楽しんでる。

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   時々相談しながら。そして、手袋に雪が入って困ってるこゆをたすけてもくれます。自分で考えて動いて。楽しんで、時々怒って。いつだって素直の全力投球。

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   小さいこゆは寒くなり早めに小屋に避難。大ちゃんはまだまだ遊びます。先日今年初めてのカエデの樹液をお友達に飲ませてもらい、雪の味がしたことを思い出し、雪の味を確認。頬張ってます。

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   この写真じゃ、見えないかな。雪の結晶がスキーウエアに降りてきます。結晶の形に同じ形は1つもないんですって。すごそばにある自然の神秘。私が生きている世界はわからないことだらけだなあ。f:id:yurukkosae:20170324054853j:image

 

   大ちゃんはまだまだ遊びます。雪の時期だけのご褒美。ここら辺は畑に使う人が多くて雪の時期は誰も使用していないので遊ばせてもらっています。真っ白な大地に自分の時間を描きます。小さなスコップで作った雪の道。遊びきった喜び。大ちゃんにとって、この時間は今だけ。この喜びも今この時間だから出会えるのでしょう。こんな経験を積み重ねているからでしょうか。次から次へとやりたいことが出てくるこゆと大ちゃん。どんな風に大きくなるのでしょう。

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   そして今度は雪に向かって槍投げならぬ、スコップ投げ。うちの中で持て余したエネルギーは自然が受けとめてくれました。毎日ワクワクするんですって。旅行も息抜きも必要ない、こんな生き方に惚れ惚れする私です。彼らの生き方を邪魔する大人でいたくないな。もっと、今の彼らとかたり、寄り添い、学んで生きたい、そう改めて思います。

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   先日、お友達がたくあんをくれました。塩が強いということで、刻んでご飯に混ぜて、これまたいただいたドライのリーフセロリを乗せて。こちらのお友達、ご自分で色んなものをてづくりしているのです。タイから帰国し、日本は美食もたくさんあって、かなり飽食になってるなあと感じているので、彼女がこうして自分で育てて、家族の身体に合わせ作っているという丁寧さに暖かさを感じさせてもらいました。

 

   そしてね、もう1つ、これをくださったお友達のお家で感動したこと。この食事の中に込められた愛と優しさが家族に伝わっていて、思春期真っ只中であろう息子さんが、食事やおやつの度に、「美味しかったよ、ごちそうさま。」と伝える姿があったこと。とても心暖まる私でありました。こうして家族とともに日々向きあい、お互いの声を聞こうとする姿があるからこそ、こんな関係であれるのだろうとおもうのです。家族だから犠牲になってしまったり、イライラも本気でぶつけてしまったりして、家族の中で優しさを使い合うって本当に難しいことであると思うから。素直に気持ちを表現できる息子さんも豊かだなあ。素敵なご家族とであえたこと、ありがたいです。添加物、農薬があるからあれもこれも食べさせたくない、と独りよがりにならないような、我が子とともに歩んで行ける母でありたいなあと思いました。大事にいただいたご飯、ごちそうさまでした。

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   ちなみに地球儀は大ちゃんが欲しいと、おばあちゃんちから貰ってきたもの。最近常に一緒に行動してます笑。タイで出会った様々な国の人たち、みんな飛行機でどう来ているのかな、この国は暑いのかな、寒いのかな。大きくなったらこゆと旅をしたいそうです。大好きな人に会いに行くために。

 

   人を好きになる、これってとても幸せなことなのかもしれないな、そう感じます。愛して、愛してもらって、私と旦那さんだけでは注ぎきれなかったであろう愛をもらっています。みんなにこころからかんしゃしつつ、きっと大ちゃんもみんなに愛を届けているのだろうとかんじます。人と関わることの豊かさをこの地球儀を眺める大ちゃんを見ながら気づいたこと。人は人の中で生きているんだね。

 

 

我が家の畑、始めました。

   久々にフィールドへ。実家に帰ったりしていたから、恋しかった山。久々に行ったフィールドは春の気配。端境期と買い物回数減少により、ふと気付きました。自分でできることをやってみようと。

 

   そんなわけで、自分ちで食べ物を育ててみようかと。フィールドから土を分けてもらえるかなって、雪の薄いとこをほってみたら五センチくらいで土が。ふかふかでなんだか一気に心がほっこり。まだ寒いからミミズ君を起こさないようにしたいな。でも、春だー!!

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   うちに帰って早速種をまきました。サラダリーフ、小松菜、サンチュ。玉ねぎの皮は乗せてみただけです。。

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    ついでにスプラウトも。こちらはマスタードを作ろと思って買ったマスタードシード。けれど使い切れないのでスプラウトにしてみようと思いつきました。大きくなあれ。

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   こゆは大ちゃんのスキーウエアきて尻滑り。魚屋さんみたい笑。

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  自分で楽しみを見つける。 たくましくなったなあ。そして素晴らしいな。私には育ちの問題上、あまりなかったから、そんな風に楽しめる力。

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   そしてね、この時期しか見れない風景にも出会いました。昨年積み上げたまだ枝の状態のまき。まきの周りの雪が溶けて、穴のように顔を出しました。そしてね、そこにはつららが。自然の神秘です。 

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腸内細菌の声。

   大ちゃんのお誕生日プレゼントに二人でデートに行きました。ご飯と温泉が希望だったので、車を運転できない私が選択したのはホテルの日帰りプラン。ちょっと豪華ですが、移動を考えるとこの方がスムーズなのです。そんなわけで久々にホテルでバイキングでした。温泉にも入って、大ちゃんが今日をもっと伸ばしたいなーって嬉しいこと言ってくれていい1日でした。プレゼントしたつもりが、やっぱりプレゼントもらってるのはいつもの私なんですよねー。ありがとう、大ちゃん。

 

   とまあ、そんな中で思ったことについてぶつぶつ笑笑。

 

    久々にケーキを見て、張り切ってスイーツから食べ始めた私たち。一皿いろんなのをもって食べて、甘さと脂の多さにびっくり。否定するためにこの記録を書いてるのではありません。私は今でも食べたくなることはありますし、目を楽しませてくれるものですよね。でも、食べてみたら、食べれない体に変わっていたことにきづきました。その変化にびっくりしたので書いているだけなのです。だから、おばあちゃんたちはドーナツやらケーキやらはあまり食べないんですねー。

 

   大ちゃんに甘いものは癖になるから食べすぎないでー、とか今でも言ってしまうのですが、子どもの体の方がその変化を受け入れるのが早く、今回のバイキング、あまり食べませんでした。一年前から我が家が変えたことといえば、食事をシンプルにしたこと(今回、タイから帰ってきて、おやつ作りも本当に時々でいいかなーと思うようになり、その分、子どもたちと外で遊べるようになりました)、油とお砂糖はあえて取らないように意識していること。あ、ご飯が発芽玄米になりました。私は今でも甘いものに心も身体も揺れるのに(ケーキ屋さんには揺れなくなりましたが、米粉でおやつ作ったりしてます)、子どもたちはなくても平気になりました。今回のバイキングでそれがすごくわかり、私が不安にならなくても、子どもたちの体は大丈夫だったんだなーと反省です。どんな風に暮らしたいか、それをいつもの生活の中で続けていれば良いだけで、時々ハメを外しても、あまり問題ではなかったんだなーと、今日も新しい経験をさせてもらいました。むしろ時々はハメを外すくらいが、本人の経験にとっても、私の精神状態にとっても 楽になりますよね。そうかー。。

 

    ということは、時間はかなりかかるけれど、私の食への軽い依存ももっと変わってゆくだろうなあと、感じています。三年かける予定で、もうじき、2年目に入るところです。今でも十分変わってくれている身体の感覚。身体ってすごいです。私が気づかないところでも変わってくれてる。タイでシンプルな食事を3ヶ月して、腸内細菌が少し変わったようなのです。日本にいた頃は、玄米に変えて半年、お通じを毎日するために(こんな話で失礼します。でもすごく大事な身体のサイクルなんですよね、このことって。血が濁るから頭痛がする、イライラする。そんなこと想像すらしなかったけど、身体が楽になって、それが本当のことなのだと実感しています。なのでシェアさせてくださいね。)下剤まで飲んでいたのに、シンプルな一物全体食を続けて3ヶ月で、帰ってきてからの玄米食効果がグーンと上がったのです。本当にびっくりしましたが、今は、この腸内細菌が愛しくてしかたありません。今日はバイキングでMSGをとってしまったけれど(多分、、ではありますが、食事後、1時間で1リットル以上に水が欲しくなるって家で食べると全くないので、MSGに対する身体の防衛反応かなあと旦那さんと話しています。)、腸内細菌を想える生活をしたいなあと感じる今日この頃です。身体が明らかに動くようになったことも、きっと、気持ちが穏やかになったのも腸内細菌のおかげでもあると思うのです。だから今の状態を維持してみたいと思っています。自分の身体で実験、研究。今日はごめんね、とまずは腸内細菌さんに謝りながら、生活を戻して行きます。

 

   発酵の師匠のナカジさんが教えてくれたこと、頭で理解できてはいたけれど、本当だったんですねー。腸内細菌は性格も作るって。いつもいろんなことを教えてくれてるって。そういえばおたよりくれてますものね、腸は笑笑。自分の身体に目と耳を向けて返ってくる反応を聞いていると、自分を想えるようになってきます。自分の知らない自分を、たくさん発見できます。そして自分は一人で生きているわけではなく、細菌、という自分と違う生き物が私に寄り添ってくれているということも。ありがたいなあ。そうしていくとなんだか無理なく、自分のしたい生活に近づいて行ける気がしています。ナカジさん、ありがとう。腸内細菌の声、聞けように暮らして行きたいです。これからも家族の腸内細菌を笑顔にするために手前味噌で作ったお味噌汁、お漬物、続けていきますよー。

 

   そんなことに気がついてしまったので、私は食材に気をつけるのは自然なことで、無理しているわけでも、ストイックなわけでも、ないんですよね。でも、これからは身体を信じて子どもたちにうるさく言わずに、ゆるりとやってゆくこともそれに付け加えたいな。そして、自分の身体が楽だし、大地を守ることで他の生き物と未来の人が穏やかにいきられたらいい、その方向性を選ぶのが私には自然なこと。これからは微生物にも思いを寄せながらいきてゆきたいなあ。

 

   昨年、お味噌をたくさん作りました。米味噌、麦味噌、ひよこ豆味噌、金時豆味噌、私にとって初めての2年熟成味噌、昆布入り味噌。昆布入りは昆布自体が味噌漬けになってご飯のお供に最高です。金時豆はでんぷん質であんこみたいになるので、面白いから野菜スティックによく使います。今年は旦那さんが作ってくれた発酵器で、自家製麹で仕込むぞ。

 

   それともう1つ、納豆のパックが出すぎるので、今年は納豆にも挑戦します。せっかく北海道に住んでるので黒千石納豆にしよう。なんども挑戦してるけど発酵がうまくいってないみたいで匂いが気になるのです。今年はしっかり研究してみよう。楽しみだなー。